【青池奈津子のメジャー通信】この春、2年ぶりにクラブハウスでの取材が許された。正直、何十回、何百回と繰り返してきたこの行為がこんなに緊張するものだということを忘れていた。入り口すぐ右に大谷翔平投手のロッカーがあるのもいけない。エンゼルスキャンプ初日、ドアを開けた瞬間にいたものだから、思いがけず「おわっようございます」なんて第一声がどもり気味になってしまった。マスク越しで聞こえていませんように…。

 気を落ち着かせようと辺りを見渡すと、2年前と変わらぬ光景だった。朝8時ですでに着替えて練習を始めている選手もいれば、ちょうど入ってきた選手もいて「おはよう」「久しぶり!」のうれしそうな声が飛び交う。野球の春はもともといい季節だが、コロナ明け、新労使協定(CBA)交渉の難航で約1か月遅れてスプリングトレーニングが始まったことなどもあって、例年より雰囲気は明るかったかもしれない。

「ようやく『普通』が戻ってきた感じがするね」

 ルイジアナなまりでメディアの入室をそう言ってくれたのはアーロン・ループ。言葉やしぐさに優しさをまとう、野球界でかつて出会ったことのないほどに穏やかな人だ。

「僕がリラックスして見えるって? これでもダークな時期もあったんだよ。今はだいぶ自分らしくいられるようになった。ローキー(控えめ)で、シンプル」

 出身のルイジアナ州もそんなところらしい。必要なものは揃っているが、静かな時間をアウトドアで狩りや釣りをして過ごし、ハッピーでシンプルな自分に戻れるところ。

「2019年、けがでシーズンを棒に振ったんだ。不幸中の幸いだったと思う。休んだことでメンタル面でのリセットができたから。その2、3年前からずっと腕が痛くて、野球を続けることを悩んでいた。プレーすることも球場に来るのもつらかったし、当時のチームは、僕を手放したいのに代わりがいないからキープしていたのも明らかだった。野球愛は失われ、惨めだった。でも、ずっと惨めでいるのも疲れるんだよね。リハビリを続ける中で、皆みたいにハッピーでありたいなって。まずはグッドモーニングとあいさつしよう。少しは周囲の気分を上げられるかもしれない。そんなところから再スタートした」

 以来、腕も気持ちも右肩上がり、毎日が楽しいのだとアーロン。今年メジャー11年目を迎える彼は、もしかしたらこの契約が最後になるかもしれないとも教えてくれた。

「今だったら、いい形で終われる気がするんだ。未来は分からないけどね」

 せわしない朝にロッカーで一人ゆっくりしていたので話しかけたが、これ以上ない人選だった。ほほ笑みを絶やさぬアーロンの不思議な安心感に、急なキャンプインの慌ただしい気持ちがうそのように吹き飛んだ。

「僕らも一緒だよ。キャンプインが決まった時は遠出してて、慌ててルイジアナに戻って夜中2、3時までパッキング。翌朝に出発して、2日かけてアリゾナまでドライブして昨日着いたから家もまだテンポラリーのホテルで、来週やっと移れる。皆、スクランブル。これもまた、僕ららしいよね」

 ☆アーロン・ループ 1987年12月19日生まれ。34歳。米国・ルイジアナ州出身。左投げ左打ちの投手。182センチ、95キロ。2009年のMLBドラフト9巡目(全体280位)でブルージェイズから指名され、プロ入り。12年にメジャーデビューして以降、技巧派のリリーフ投手として定着する。18年シーズン中にフィリーズへ移籍すると、その後パドレス、レイズと渡り歩き、昨季はメッツで65試合に登板して6勝0敗、防御率0・95の好成績。オフにFAとなりエンゼルスと契約した。