西武、オリックス、ソフトバンクで活躍したアレックス・カブレラ内野手(42)が、禁止薬物使用でメキシカンリーグを永久追放になったニュースが日本球界に波紋を広げている。日本でもやっていたのか。シーズン55本塁打の日本タイ記録(当時)は“クスリ”によって作られた記録だったのか。手を出した背景には何があったのか…。かつての同僚、関係者らが複雑な胸中を明かした。

 カブレラが日本球界で最も長い7年間(01~07年)を過ごした西武では「自分たちの前ではそんな感じはしなかった。確かに今考えると、あの体は異常でしたけど、当時は陽気ですごい外国人助っ人としか思わなかった」と元同僚だったOB。その一方で別のOBは「しょっちゅう興奮していたので“やっているのでは?”という噂はあった」とし、こう続けた。

「試合前のロッカーでカブレラがトイレに入って出てくると必ず興奮しておかしくなっていた。首が異常に太くなっていたのも当時(ステロイド使用疑惑をかけられていた)ボンズと同じ感じだったので自分の周りは怪しんでいた」

 元西武のコーチも「そんなに驚きはない。米国でも疑惑があったし西武時代も隠れてやっていたんじゃないかな。体つきとかパワーが普通じゃなかった。あの当時はドーピング検査もなかったわけだし」と話した。

 ただ決定的な証拠現場を目撃した選手、関係者はおらず、当時は「限りなく黒に近いグレー選手」と認識されていただけという。球団ではそれ以前に在籍していたルディ・ペンバートン外野手(1997~98年)の退団後、球団借り上げのマンション屋根裏から注射器が発見された騒動などがあったが、カブレラは“証拠”を残すことはなかったという。

 しかし、一方ではカブレラに対する同情論も多かった。

「ライオンズの後半、体にタトゥーを入れ始めたぐらいから情緒も不安定になり始め、明らかに金銭目当ての悪い仲間と付き合いが多くなっていった」(球団関係者)

 当時、ベネズエラに豪邸を建てて結婚したものの離婚。現在まで再婚は確認されておらず、自慢の息子・ラモンも父親の反対を押し切って数年前にパイレーツとマイナー契約を結ぶなど、親子関係もあまり良好ではないという。

「今回の騒動もカネが目的ではないと思う。彼は日本にいた当時からずっと心が満たされていない印象の人間だった。心の支えになる人間が周囲にいないから常にプライベートが荒れていたし、悪い仲間にもつけ込まれていた。一人になって結局、自分には野球しかないと思っても42歳の肉体という現実を知って再び禁断の果実に手を出してしまったのでは…」と前出の関係者。とはいえ、同情すべき点はあったとしても、禁止薬物使用は野球人として許される行為ではないが…。

 今回の騒動でカブレラが日本球界でマークしたシーズン55本塁打(2002年)、推定飛距離180メートル弾(05年6月3日横浜戦)、通算357本塁打の価値を汚してしまったことは残念でならない。