今年の6月12日、上野動物園でジャイアントパンダのシンシンが出産した。この「5年ぶりに上野動物園でパンダが生まれた」というニュースは大々的に報道され、日本国民を大いに喜ばせている。
7月に入ってからのニュースでは赤ちゃんはすっかり白と黒のパンダカラーになっていて、愛くるしい姿を見せている。しかし、このパンダはかつて未確認生物UMAというか、伝承上の生物のような扱いだったことをご存じだろうか。
パンダといえば中国。中国での表記は「熊猫」。ジャイアントパンダは大熊猫。「パンダ」という言葉の語源はネパール語で竹を意味する「ポンヤ」に由来し「竹を食べる者」とする説が有力だが実際のところははっきりとしていない。
未確認生物のような存在といっても、それは西洋的な視点であって現地の人たちの間では目撃されていた。古い文献では秦の時代の辞書「爾雅」に「獏(バク)」として、「白黒模様の竹を食べるクマのような生物」の記述がある。
本来、バクは夢を食べる想像上の動物であり、やはり現代において「バクっぽい見た目なのではないか」ということで、白と黒の模様を持った哺乳類に「バク」の名が付けられている。パンダにも同じように、この想像上の動物が当てはめられて呼ばれていた可能性がある。
また、バクは「鉄を食べる動物」としても伝わっている。「竹のような硬いものを食べるんだから鉄も…」と考えたあなた、ご名答である。
これはパンダが竹を食べるところから、連想されたのではないかと言われている。当時は矢が竹でできていたため、パンダは矢を食べる生き物というように変わり、矢が金属で作られるようになってからも「矢を食べる」という伝承が残ったと思われる。
この「金属を食べる」という面白い性質が取り上げられ、誇張されて、後の世でパンダは鉄を食べる生物として広まっていったのだ。
この見た目も伝承も不可思議な動物、欧米人に発見されたのは1869年で、博物学者でもあるフランス人宣教師のアルマン・ダヴィドが四川省で毛皮を見たことによる。
白黒の珍奇な見た目の生物はヨーロッパでは信じてもらえなかったが、アルマン・ダヴィドがパリの国立自然史博物館にパンダの毛皮と骨を送ったために存在が広まった。
現在では未確認生物ではなくなってしまったが、中国の伝承に、このあまりに特徴的な容姿が重なって「謎の生物」として広まったことは納得がいく。唯一無二の見た目だからこそ、今もこんなに愛されているのである。












