東京パラリンピック・アーチェリー競技(1日、夢の島公園アーチェリー場)、女子個人(W1)の岡崎愛子(35=日本身体障害者アーチェリー連盟)は、準々決勝で陳敏儀(中国)に129―132と競り負けたが、初の大舞台で持てる力を十二分に発揮した。

 大学2年の2005年4月25日。電車で通学していた岡崎の身に悲劇が襲った。「カーブの遠心力で右側の車体がフワッと浮いた」。乗客106人が死亡したJR福知山線脱線事故に巻き込まれ、脊髄を損傷。肺挫傷による肺炎で呼吸困難にも陥った。入院生活は負傷者で最長となる377日に及び、両腕、両足の自由が利かなくなった。

 退院後は復学して無事に卒業。「一人暮らしをする機会もなかなかないので」と上京し「車いすユーザになっても稼いで生きていく」と大手電機メーカーで6年間勤務した。その後、16年から本格的にアーチェリーをスタート。事故の影響で体幹がほとんどない岡崎だが、上半身と体幹の強化を中心としたトレーニングに励むなど、貪欲にレベルアップを目指した。

 なぜ、ここまで〝努力〟を重ねることができるのか。岡崎はかつて本紙に「私は一度死にかけた経験があるので、楽しいこととか自分がやりたいなと思ったこととか、今すぐにやってほしい。いつかやろうって思っていたら、いつそれができるか分からない。自分の意志っていうのは大事にしようと思っている」と明かしていた。

 惜しくもメダルは逃したが、後悔はない。「相手が強く、一歩及ばなかった。落ち着いて撃ち、いい試合ができた」。岡崎の表情には充実感にあふれていた。