足4の字固めと8の字固めはどう違う? 昭和のプロレスファンなら、一度は議論したことがあるはずだ。
かけられた側の足が数字の4に見えることから名づけられた足4の字固め。ザ・デストロイヤー、ジャック・ブリスコ、リック・フレアーら使い手は多い。一方、8の字固めの使い手といえば“死神”ジョニー・パワーズ、ただ一人だ。
カナダ出身で、大学生だった1960年にプロレスデビュー。初来日は66年10月、アントニオ猪木が旗揚げしたばかりの東京プロレスのマットだった。来日翌日の10月11日、当時は東京・神田にあったYMCA会館で行われた公開練習で初披露。集まった報道陣から「足4の字か」と問われると「ノー。オレのオリジナルでパワーズロック、8の字固めだ。これをほどいたやつがいたら、いつでも1000ドル(36万円)進呈する」と豪語した。
足4の字固めはあおむけの相手に正対して足を取るが、8の字固めでは背を向けて足を取るため、途中で邪魔されにくい。また、決まった際に自分の足のかかとと爪先をフックしており、より強力に締め上げることができる上、ほどくことが困難になる。
さらに足4の字固めは裏返せば立場が逆転、つまりかけた側が痛みを感じることになるが、8の字固めにはそれがない。裏返した瞬間、むしろ痛みが倍増するということで、足4の字固めの2倍=8の字固めというわけだ。
10月28日、東京・板橋区の志村高校横広場特設リングで行われた猪木とのシングル初対決、60分3本勝負は1―2で敗れたものの、1本目は8の字固めでギブアップを奪い、観客を驚かせた。
70年にはNWFを設立し、初代NWF世界ヘビー級王者に君臨。猪木が72年に新日本プロレスを設立すると、NWF系のレスラーを新日マットに送り込んだ。
73年12月にはNWA認定北米タッグ王座(パートナーはパット・パターソン)、NWF世界ヘビー級王座の2冠王として参戦。12月7日、大阪府立体育館で猪木、坂口征二組の挑戦を受け、1対1の3本目に反則負けを喫したが、ルールによりタイトルは移動せず。1本目は8の字固めで、またも猪木からギブアップを奪ってみせた。
12月10日には東京体育館でNWFのベルトをかけて猪木と激突。1本目はコブラツイストで先制を許すが、2本目は必殺の8の字固めでギブアップを奪う。決勝の3本目は卍固めを完璧に決められてベルトを手放した。
試合後は「アンラッキー、すべてこのひと言に尽きる。この国の神が猪木に味方しなかったら、オレはストレートで勝っていたはずだ」と悔しそうに語った。
この後、NWF王座は猪木の代名詞、新日プロの看板となった。レスラーのあっせんと合わせて、この時期のパワーズの新日プロへの貢献度は非常に大きい。
実はこの2人、共通点も多く、43年2月20日生まれの猪木に対し、パワーズはその1か月後の3月20日生まれ。デビューも同じ60年だ。猪木は卍固め、パワーズは8の字固めと代名詞といえる必殺技を持っている。
若くして新団体を設立したのも同じ。また引退後、猪木はPRIDEなど総合格闘技の大会にプロデューサー的な立場で多く関わったが、パワーズも米国で総合格闘技大会をプロデュースしている。 (敬称略)












