【昭和~平成スター列伝】米国・WWEのプロレスの祭典「レッスルマニア42」(18、19日=日本時間19、20日、ネバダ州ラスベガス)が目前に迫った。“毒蛇”ランディ・オートンは、統一WWE王者のコーディ・ローデスに挑戦する。両雄はいずれも偉大なレスラーを父親に持つが、オートンは祖父がボブ・オートン、父親が“カウボーイ”ボブ・オートン・ジュニアという名門一家に育った。
父親ボブ・オートン・ジュニアは195センチの長身ながら卓越したテクニックとケンカファイトを得意とした名選手で、1975年4月に全日本プロレス、春の祭典「第3回チャンピオン・カーニバル」に初来日を果たし、若き日の“怪物”ジャンボ鶴田と1回戦を戦っている。この年は4ブロック別トーナメント制で行われ、両雄は4月6日後楽園で激突して熱闘の末、30分時間切れ引き分けに終わっている。
「期待の大型選手同士の激突は熱の入った一戦となった。あの“ビッグO”ことボブ・オートンの息子オートン・ジュニアは父親譲りのパンチを見舞って鶴田を怒らせてヒジ打ちの応酬となった。しかしキャリアでわずかに勝る鶴田はスープレックス、シュミット式バックブリーカー、ニーパットを見舞って試合を有利に進めた。しかしオートンの粘りもすごく、サイドからのスープレックスを見せるなど大器の片鱗を見せる。鶴田は結局オートンを攻略できず、時間切れ引き分けに終わった」(抜粋)
この結果を受けて4月10日仙台で再戦が行われ、またもや互角勝負となるも、鶴田が逆転に成功して2回戦に進出している。
「オートンがグラウンドヘッドロックで先行。中盤もバックドロップ、ブレーンバスターといった大技で叩きつける。だが鶴田はロープを利用して体当たりを狙う。オートンをジャンプ一番飛び越し、返ってくるところを巴投げ。起き上がったところへ得意のダブルアームスープレックスで逆転勝利を決めた」(抜粋)
結局、鶴田はブロック敗退に終わり、ジャイアント馬場が3連覇を果たしている。だが再戦は実に見応えのある攻防でオートンも大きく株を上げ、その後もWWF(現WWE)や新日本でも活躍し、超一流の選手となった。和田京平名誉レフェリーは「とにかく技術が素晴らしかった。父親に教わったのか、派手さはないけど実力はホンモノだった。細かいテクニックとかね。今、日本に来たらどの団体でも活躍できるでしょう。親子3代でトップを取ったのはすごい。息子も父親に教わった技術に今のスタイルを加えて超一流になったんじゃないかな」と語る。玄人好みの名レスラーだった。
父親はWWF王座に手が届かなかったが、息子のランディは祭典で15回目の最高峰王座を狙う。果たしてベルトを父親にささげることはできるか。













