「おいし~、べんとう~、かしわ~めしべんとう~」――。大きな声がJR折尾駅(福岡・北九州市八幡西区)に響きわたる。ホームに立つのは、駅弁やうどん店を手がける老舗・東筑軒の立ち売り人、小南英之さん(65)だ。蝶ネクタイに車掌帽、肩から下げた木箱は15キロ超。名物「かしわめし」を休日やイベント時に限らず平日も売り続けているのは全国で折尾駅だけ。小南さんは「最後の車両が離れるまで手を振る」と言い「一期一会」の出会いを大切にしている。

これが東筑軒の看板商品「かしわめし」
これが東筑軒の看板商品「かしわめし」

 小南さんは北九州市八幡西区木屋瀬の出身。八幡大付高(現九州国際大付)から大学を経て仏具店に就職した。当初は営業が苦手だったが、飛び込み営業を重ね「頭の下げ方」や「心を開く言葉」を学び、やがて線香やろうそくの販売成績で全国トップに。「断られて当たり前。でも足で稼ぎ、人と話せば結果が出る」。その経験が立ち売りに生きている。

 51歳で東筑軒に入社し配送を担当。高校時代に剣道部の遠征で折尾駅を利用し、立ち売りの声に励まされた経験があった。53歳で打診を受け、迷いながらも「伝統を残したい」と決意し転身。「最高齢の新人」として話題を集めた。昭和の最盛期には全ホームに販売員が立ち並び、1日2000個が売れたとされるが、全国的に姿を消す中で折尾では今も受け継がれている。

 かしわめしの立ち売りは1921(大正10)年に始まった。「立ち売りの先輩の努力や汗を感じ取れる方に、新しい時代の立ち売りを伝承してほしい。私は『出会い・人との絆・感謝の気持ちを大切にする』ことを信条にしています」と小南さん。

 ホームでは自作の「かしわめし応援歌」を歌い、両手をひらひらと羽ばたかせて乗客を見送る。そのしぐさを高校生がまねし、笑顔が広がることもある。東南アジア出身の留学生からは寒い日にコーヒーを差し入れられ、「あなたのしている立ち売りは母国では見られない」と感激の声を掛けられる場面もあった。小南さんは「弁当の売り上げ以上に、人と出会い心が通じ合うことに価値を感じています」と笑顔で話す。

立ち売りで駅弁が購入ができるJR折尾駅
立ち売りで駅弁が購入ができるJR折尾駅

 現場ではベビーカーを抱えて階段を降りたり、線路に転落した人を非常ボタンで救ったこともある。視覚に障害のある利用者が「あなたの声を聞きに来た」と訪れることもあり、声そのものが人を呼び寄せる力になっている。

 看板商品「かしわめし」は鶏ガラスープで炊いたご飯に鶏肉と錦糸卵をのせた素朴な味。「最後まで飽きがこない」と小南さんは胸を張る。変わらぬ味を守り続けることが、人々の記憶と共に定着している。

 新駅舎の完成で改札前のうどん店が販売の中心となり、キャッシュレス需要も増えた。それでも「立ち売りで買いたい」という声は根強く、小南さんを目当てに訪れる人も多い。

 東筑軒・広報担当の川崎なつみさんは「駅弁の原点は立ち売り。折尾で立ち売りに出会えることが、帰ってきた人のふるさとを呼び起こす。小南は社内でも『個性的でいいね』と評価されています」と話す。

 65歳となった今も、真夏の炎天下や冬の寒風に耐えホームに立つ。「特別なことはできません。ただ、自分なりに誠実にやってきただけ」。最後の車両が見えなくなるまで手を振る姿は、昭和から続く旅情の象徴であり、100年以上続く駅弁文化を次世代へつなぐ存在だ。

「かしわめし」の立ち売りを行う小南さん
「かしわめし」の立ち売りを行う小南さん