5月29日、モスクワでプーチン大統領が安倍昭恵氏(故安倍晋三元首相の妻)と面会した。

 この会談は、ロシアのテレビ、新聞などで大きく報じられた。筆者が注目しているのは、会談がモスクワ郊外のプーチン氏の別荘ではなく、クレムリンの外国代表団との公式会見で使われる会議室で行われたことだ。昭恵氏との会談が、純然たる個人的性格のものではなく、日本政府に対するメッセージでもあったことを示唆するものだ。

 このタイミングでプーチン氏が昭恵氏との会談に踏み切ったのには、戦略的思惑がある。ロシア・ウクライナ戦争が、ほぼロシアの思惑を満たす形で終結するという感触をプーチン氏が得ていることが最大の要因と思う。

 アメリカが仲介する停戦交渉で、ロシア軍が現在実効支配するウクライナ領の現状が追認され、NATOにウクライナが加盟しないという条件が満たされるとプーチン氏が認識しているのだ。ロシアは西(ヨーロッパ)と東(アジア)の双方にまたがるユーラシア帝国だ。

 ウクライナという西方面での紛争に目処がつけば、東方面での攻勢に出るのは必然的な動きだ。東方面では、G7の一員で、アメリカの軍事同盟国であるにもかかわらず、ウクライナに殺傷能力を持つ装備品を提供せず、ロシアからLNG(液化天然ガス)の輸入を続けている日本は、プーチン氏にとって関係改善が容易な国なのである。

 プーチン氏は、昭恵氏に「彼(晋三氏)の夢は両国間の平和条約であり、彼は誠実に取り組んでいた。私たちはこの道で真剣に前進してきた」(5月30日「朝日新聞デジタル」)と述べ、現在もロシアには日ロ平和条約を締結する意図があることを示唆した。

 平和条約締結の前提は、北方領土に関する帰属の問題を解決することだ。プーチン氏が「現在は状況が異なり、今は(この点については)話さない」(同上)と述べていることは、日本がロシアに対して制裁を課している状況では平和条約交渉は出来ないという意味だ。

 裏返して言うと、日本がロシアに対する制裁を解除するならば、平和条約交渉を再開することができるという意味だ。日本政府はプーチン氏の呼び掛けに反応すべきだ。そして、トランプ米大統領による東アジア地域の帝国主義的再編において、ロシアとも部分的に協力しつつ、日本の国益の極大化を図るべきだ。