ソフトバンクの育成選手・川口冬弥投手(25)が、着実に支配下登録に前進している。2024年育成ドラフト6位でホークスに入団したオールドルーキーは、二軍で12試合連続無失点も記録するなど好調。高校時代はベンチ入り経験なし。大学でも4年次まで登板なしと〝控え組〟の人生を歩んできた右腕は、いかにしてプロの舞台にたどり着き、ここからどこを目指すのか、本人を直撃した。
──二軍戦デビューから好成績が続いている
川口 課題に対してのトライアンドエラーというか、やるべきことを毎日やって、たまたまついてきている結果。直近の目標で言ったら、支配下登録に向けてやるだけなんですけど。最近、谷川原さんと組ませてもらう機会が多くて、捕手とのコミュニケーションを通して勉強させてもらってます。
──学びや気づきが多い
川口 自分では自信のなかった球種でも谷川原さんは「それはこういう効果があるし、自信を持ってどんどん使っていきたいと思っている」と言ってくれて「自分の武器がこれもあるんだ」と教えてくれる。そういう引き出しがすごいなと。三振を取るバリエーションも増えて、気づかせてくれることが多いです。
──プロの環境、食事面などは
川口 食事を自分で作らなくていい幸せを噛み締めてます。(独立時代は)鮮魚店の夕方の半額になったお刺身が好きでした。
──投手はいつから始めた
川口 野球を始めた時からずっと投手。(中学時代は)4番手とかじゃないですか。今振り返ったら、小さい頃から「川口は将来性もあるし、絶対いつか化けるから」みたいに言われてて。自分自身は「何言ってんだろう」って本当に思ってました。
──高校は強豪の東海大菅生に進学した
川口 中学のチームの監督さんの縁もあり…行ったはいいんですけど、ずっと応援する側。自分の技術も上がったり下がったりで…思い返すとあまり野球を楽しめていなかったです。
──学生時代から試合に出られないことも多かった。なぜ野球を続けてこれたのか
川口 なんで続けたんやろ…。大学2年生の時に自転車でこけてアゴを骨折したんです。1か月間ご飯を食べれなくて、体重も60キロ台まで落ちて。本当にその時、野球辞めようとしたんですよ。もう無理って。3年生も1回も試合に出れなくて。それで、アゴ骨折して野球できないし、警察官になろうと思ったんですよ。勉強して試験を受けに行こうとした時に、試験の日程と練習試合の日程がかぶって。その時大学のコーチが「そんなん受けんでいいから、試合来い」と。そこからですね。受験料1万いくら払ってたのに行かずに、試合に行ったら登板機会があって。「あれ、俺野球できんじゃん」となった。それで辞めなくて済んだ。
──すごい巡り合わせ
川口 大学4年年の時に、投げ方はめちゃくちゃだったんすけど、150キロを投げて。そこで「辞めなくてよかった」って。その後いろんな縁で(クラブチームの)ハナマウイに入って。そこから野球が楽しくなりました。(野球を辞めなかったのは)かすかな自分への期待というか「ワンチャンあるんじゃ」みたいなものを信じ続けていたら、野球をやめずに、なんとか首の皮一枚つながってました。
──プロに至るまでの経緯がすごい
川口 高校、大学の同級生からしたら「プロに行ったって、どういうこと?」みたいな。それはそれでいいですよね。最近になって本当に野球が楽しいです。
──甘いフェイスも話題。キャンプでもファンからの人気がすごい
川口 考えられないです。ありがたいです。
──失礼ながら人生でもらったバレンタインチョコの最高数は
川口 自分、全然もらったことないです。モテたこともない。アゴを骨折して骨格が変わったんですよ(笑)。正しい位置で固定するから、顔も変わったかもしれないです(笑)。
──マウンドでは闘志を出している姿が印象的
川口 考えられない経験を今させてもらってるので。毎試合大げさですけど最後の登板だと思って、後悔したくないから。結果的にマウンドでもそれが表れているんだと思います。
──支配下登録に加えて、今年の目標はあるか
川口 日本シリーズで三振を取って無失点に抑える。やるしかない。ダメだったら落ち込むとは思うんですけど、日々、準備して臨むことしかできないので。目標は設定して、そこに向けて頑張ります。
☆かわぐち・とうや 1999年10月26日生まれ 奈良県生駒郡三郷町出身。右投げ右打ち、投手。背番号132。身長187センチ、体重88キロ。東海大菅生高から城西国際大、ハナマウイ、徳島インディゴソックスを渡り歩いた苦労人。今季は二軍で13試合に登板し0勝0敗3セーブ、防御率0・59(6月1日現在)。















