これからも故郷のために――。フィギュアスケート男子で五輪2連覇を達成したプロスケーター・羽生結弦(30)が11日、自身の公式SNSを更新し、発生から14年が経過した東日本大震災への思いをつづった。自身も東北高1年時に練習拠点のアイスリンク仙台で被災し、避難所生活も経験した。羽生が生まれ育った宮城県の村井嘉浩知事は“復興の象徴”として尽力するスケーターとの連携を誓った。

 東日本大震災から約3年後の2014年2月14日。ソチ五輪で羽生がアジア男子初となる金メダルを獲得した。被災地のために戦った羽生の姿は人々の脳裏に刻まれた。村井知事は「震災で落ち込んでいた被災者のみなさん、県民のみなさんの気持ちに光を差すもので、大きな勇気と喜びを与えてくださった」と振り返った。

 その後も18年平昌五輪で66年ぶりの2連覇に輝くなど、男子では唯一スーパースラム(主要国際大会6冠)を達成。現在はプロとしてスケートを通じて「祈り」と「希望」を届けている。

 村井知事は「『羽生さんが活躍する姿を見て笑顔になった』『たくさんの力をもらった』など、さまざまな声をうかがっており、たくさんの県民が羽生さんの復興支援に取り組む姿に感謝しています」と敬意を示した。

 羽生は競技外でもアイスリンク仙台に累計1億円以上寄付するなど、多角的な形で復興活動に貢献してきた。

 それだけに村井知事は「仙台から選手を育成したいという思いを強く持っていて、県としても練習環境の整備のために、アイスリンク仙台の設備改修を支援している。宮城県としても、これまでと同様に震災伝承や防災、人々を笑顔にしたいという羽生さんの思いを一緒に発信していきたい」と全力でサポートしていく構えだ。

 直近の羽生は「羽生結弦 notte stellata」(7~9日、宮城・セキスイハイムスーパーアリーナ)で鎮魂の願いを滑りに込めた。多くの人々が苦しみを抱える実情を知るからこそ、決して歩みを止めることはない。

 公式SNSに羽生は「2011年3月11日、14年前に負った傷は痛みがなくなることはなく、ずっとずっと残っています。まだ癒えぬ土地もあります。失ってしまったものは元には戻りません。それでも、祈り続けます。私にできることを模索し、続けていきます。変わる景色も、変わらない記憶も、大切にし続けます。祈りとともに滑り続けます」と心境を記した。当時を知る1人のスケーターとして、星空へ願いをかける。