【取材の裏側 現場ノート】「どのように生きるかをある意味試されているような気もする」
東日本大震災関連のインタビュー企画において、フィギュアスケート男子で五輪2連覇を達成したプロスケーター・羽生結弦(30)が神妙に語った言葉が、なかなか頭から離れなかった。
ただ、宮城県気仙沼市の東日本大震災遺構・伝承館を取材の合間に訪れた際に、あの言葉を少しだけ理解することができた。
敷地内には、津波で大きな被害を受けた気仙沼向洋高校の旧校舎が震災遺構として当時の姿で残されていた。語り部を担当してくれたのは、自身が幼少期に被災した20代の女性。ふと発したひと言が全てを物語っていた。
「むごいもんですよ」
瞬く間に日常が一変して1万5900人が亡くなった。羽生も東北高校1年時に練習拠点のアイスリンク仙台で被災し、避難所生活も経験した。「思いをはせれば、悲しい過去がそこには存在している」と明かすように、被災者の心の傷は今も癒えていない。
未だに2520人の行方が分かっていない。家族の元に帰りたくても、帰れない人たちがいる。それでも、被災者たちは懸命に前を向いている。
「生かされた者として、顔を上げ、常に思いやりの心を持ち、強く、正しく、たくましく生きていかなければなりません」
東日本大震災から11日後の2011年3月22日。気仙沼市立階上中学校の梶原裕太さん(当時3年)が卒業式の答辞で涙ながらに誓った言葉は、今でも多くの人たちの脳裏に刻まれている。
その思いは他の被災者も同じだ。羽生もインタビュー時に同じような言葉を口にしていた。
「今、生きている僕たちはやらなくてはいけないものが、向き合わなきゃいけない今という現実がある」
過去は決して変えることができないが、未来は変えることができる。羽生がスケートを通じて発信する問いかけは、東北の将来を明るく照らす灯火となるはずだ。











