【モデルボクサー 高野人母美 9頭身ファイターの告白(5)】中学生からキックボクシングのジムに通っていたのは以前にもお話ししましたが、競技として本格的にやろうとは考えていませんでした。そんな中、本格的にボクシングを始めようと思うきっかけとなったのは22歳の時、モデルの友達がボクシングの試合観戦に誘ってくれたことです。

セクシーなサンタ姿の高野人母美と天笠尚(14年12月)
セクシーなサンタ姿の高野人母美と天笠尚(14年12月)

 2009年9月、後楽園ホールで行われた(元東洋太平洋フェザー級王者の)天笠尚君が、福島学選手に判定勝ちした試合です。その時に「こんなに素晴らしいことはないな」と、すごく感動しました。ボクシング選手を応援する会場の雰囲気に初めて触れて、圧倒されて自分もやりたいってなりましたね。試合が終われば、両選手が健闘をたたえ合う姿も目に焼きつきました。

 実は、ちょうどそのころ、投資詐欺みたいなのに遭ってしまい、1000万円ほどだまし取られたこともあって、すごく落ち込んでいたんです。そんな状態を見かねて、モデルの友達が、ボクシングの試合に誘ってくれて元気づけようとしてくれたのだと思います。

 これがきっかけとなり、その後のボクシングキャリアがあって、今の私がいるわけです。やっぱ人生何が起きるかわかりませんね。自分の中でボクシングをやりたいスイッチが入ってしまいました。その時は、アマチュアとして「オリンピック選手になるぞ」という目標を掲げました。つまり12年のロンドンオリンピックに照準を合わせたわけです。

 幸い、誘ってくれたモデルの子が、天笠君のスポンサー企業の社長さんの知り合いで、その縁で彼が所属していた山上ボクシングジムの山上会長にごあいさつさせていただいて、10年3月ごろから、世田谷のジムにお世話になることに。当時住んでいた六本木から雨の日も雪の日も毎日通っていました。

 ただ、実は当時、プロとアマチュアの違いもわからず「オリンピックがあるよ」っていうのを聞いて。単純なので、そこを目指そうとなりました。でも、アマチュアの時は気持ちだけ前のめりでしたけど、秒殺されることもあって実力は全然でしたね。ですから最初の思いはどこへやらで、ボクシングが嫌になりました。泣いてしまって、トレーナーさんにも迷惑をかけることもありました。

 それにオリンピックのことを伝えたら、プロのジムだから「アマチュアの指導はできない」って言われて、アマチュアのジムに行かなきゃいけないということもあって。あっち行ったり、こっち行ったり…。そこで初めてプロボクサーという道を知ったのです。今思えば恥ずかしい話ですが、こうしてプロテストを受けることになりますが、その前にちょっとした事件がありました。