【元局アナ青池奈津子のメジャーオフ通信】あわよくば野球の取材もしてしまおうと、出掛けたキュラソー旅行。島ミラクルなのか、野球の神様のおかげか…。野球イベントの中止で急きょノーアポ、ノープランだった旅が、ヘンスリー・ミューレンスと会った後からパズルのピースがハマるように、出会いに導かれる旅へと変貌した。

 ヘンスリーと話した翌朝、さっそくアンドリュー・ジョーンズやジョナサン・スコープら大リーガーを多く輩出したと教わった「フランク・キューリエル・ボールパーク」に行ってみると「カキンッ」とバットに球が当たる音と、叱咤激励するコーチらの声が聞こえた。やや寂れているものの歴史を感じさせる球場で、6人のリトルリーガーが強化練習をしていた。

「この週末に子供たちの大会があるんだよ。普段なかなか一緒に練習できないけど、正月休みを利用してコーチに特別レッスンを頼んだんだ」とは、7歳の息子・ジェフゲイニ君の練習に付き添っていたオズメルさん(50)。親切にも「今日ちょうど開会セレモニーがあるから来るといいよ。毎年、大リーガーをゲストに呼んでいて、今年はジュリクソン・プロファーがたたえられるはずだよ」と教えてくれた。

 そこからいくつかの球場を回り、午後4時30分に大会の会場である「スーヴェック・ボールパーク」に到着。5時からと聞いたイベントは6時過ぎまで人が集まらなければ、バケツをひっくり返したような豪雨まで…。

 もう帰るしかないと思ったが、40~50分して現れた青空とともにユニホームを着た子供たちと家族に混じり、本当にプロファーが式典にやってきた。「え?」。遅れてゲスト席に飛び込んだ人の顔を見て、心臓が飛び出そうになった。シンバことアンドレルトン・シモンズだ。

エンゼルス時代、大谷翔平(右)とハイタッチするシモンズ(2018年=ロイター)
エンゼルス時代、大谷翔平(右)とハイタッチするシモンズ(2018年=ロイター)

 何ともいえないゆるキャラ、痩せ型の見た目とは対照的な頼れるプレーや対応の良さ。エンゼルス時代に、たくさんお世話になった人物だ。私がキュラソーに興味を持ったのも、シンバが5か国語を話し、島では部屋の壁を自分の好きな色に塗り直すと聞いてからだった。2020年オフに移籍し、23年に引退を発表したので、もう会えないと思っていた。

「完全に燃え尽き症候群だったんだ」

 翌日にわざわざインタビューの場を設けてくれたシンバは、何でも明かしてくれた。エンゼルス入団直後からヒジの痛みを抱えていたこと、本来ならトミー・ジョン手術を受ける必要があるほどのケガだったこと、カブスで過ごした最後のシーズンは、本来の守備を全くできない自分へのイラ立ちや、チームに貢献できない悔しさ…。引退後は子供たちを助ける慈善事業を立ち上げ、キュラソーとアトランタの自宅を行き来しながら、新しい自分の役割を探しているという。

「でもね、1年休んだらだいぶ元気になった。また1シーズン、どこかでプレーしたいと思えるくらいにはね」。野球への情熱が再び戻ってきたこともうれしそうだった。時間を気にせず話したのも、今回が初めてだった。

 結局、キュラソーから大リーガーがたくさん誕生する理由はよく分からなかったが、1つ明らかなのは選手らが島民にとってすごく身近な存在だということ。外国人の私が行って3日で会えたぐらいだ。

 選手たちも積極的にイベントに参加し、子供たちの育成に尽力していることから、大リーガーが遠い憧れの存在ではなく、自分にもなれる憧れの近所のお兄さん的存在なのではないか。そんなことを考えた旅だった。

守備の名手だったシモンズ(2020年=ロイター)
守備の名手だったシモンズ(2020年=ロイター)

 ☆アンドレルトン・シモンズ 1989年9月4日生まれ、オランダ領キュラソー出身。2010年のMLBドラフト2巡目(全体70位)でブレーブスに入団。12年6月にメジャーデビューを果たし、13年にはオランダ代表でWBCに出場。遊撃手としてゴールドグラブ賞に輝いた(13、14、17、18年)。16年から20年までエンゼルスでプレーし、ツインズ、カブスを渡り歩き、23年12月に引退を発表した。