パフォーマンスの裏側には熱い野球人の顔が隠れている。日本ハム・新庄剛志監督(52)が勝負の3年目へ意気軒高だ。東京スポーツ専属評論家の伊原春樹氏を出迎えた指揮官は、異例の“逆取材”を敢行。そこで明かされたのは、野手出身監督ゆえの悩みと3年目の覚悟だった。球界の“鬼軍曹”も思わずとりこにするほどの野球熱。今季の新庄ファイターズは何かが違う。
【新鬼の手帳・伊原春樹】「伊原さん、お久しぶりです! どうぞ、これ食べてください!」。外野で練習を見守っていたと思いきや、目を離した隙に姿を消し、両手に菓子を大量に抱えてどこからともなく彼は現れた。
底抜けの明るさと人懐っこさはあのころと変わらない。新庄監督とは2000年、阪神でコーチと選手として接したのが縁。翌年から私は西武に復帰し、彼はMLBのメッツへ移籍してしまったので、直接のやりとりはそれっきりとなっていたが、引退後にバリ島へ移住したと聞いた後も常に気になる存在であった。
コロナ禍が明け、私もようやく現場へ戻ってこられた。つかみの話は阪神時代のことだ。当時の野村監督と私が“いろいろあった”のはここでは省くが、選手・新庄とは最後までウマが合った。当時のエピソードを思い返しながら腹を抱えて笑い転げてしまった。
さて、場が温まったところで仕事に取り掛かろうとしたが、今度は新庄監督からマシンガンのように質問の嵐を浴びせられた。選手時代から、とかく派手なパフォーマンスが注目されるが、それは自分が何を求められているかを理解しているから。彼は根っからの野球人である。「伊原さん、監督にとって一番大事なことは何ですか?」。監督として、コーチとしての私の経験を吸い上げる機会を逃すまいと、必死に食らいついてきた。
私は「お前さんも就任会見で自分の思いや方針を話したんだろう? 大事なのはそこから“ブレない”ということじゃないか」と答えた。うなずきながら、新庄監督の質問は続く。「伊原さんの指揮したチームではサインはいくつありました?」。日本ハムの詳細は伏せるが、聞いてみると、あまりに細かいので驚いた。「多すぎるよ。もっとシンプルでいいんじゃないか」と返したが、昨季まで戦力に劣ることを認識し、何とか1点をもぎ取ろうとしていたのが伝わってきた。
監督としての覚悟を感じたのは「投手交代は自分で決めていましたか」という質問だ。私は野手出身だから基本的に投手のことは投手コーチに任せていた。特に1、2年目はそうなる。その答えには「やっぱり、そうですよね…」と深くうなずきながら、ややためらっている表情を浮かべた。
聞けば、昨季のある試合で交代やリリーフ準備を巡り、自分が動くべきか悩んだことがあったのだという。「野手出身でも監督をしばらくやっていれば見えてくるものがある。責任は監督にあるのだし、ましてや節目の3年目だろう? 後悔のないよう自分で決めるべき時は決めるべきだ」。そう伝えると、新庄監督はすっきりした顔で「ですよね!」と応じた。
プロ野球の監督にとって「3年目」がどんな意味を持つのか知らない男ではない。今年から二軍監督には稲葉篤紀が就き、侍ジャパンの監督を退いた栗山英樹も球団フロントに名を連ねる。新球場への移行という大プロジェクトを果たし、今後現場に求められるのは「結果」にシフトする。
とはいえ新庄監督に悲壮感はなく、飛躍の手応えも十分のようだ。「選手たちがかわいくて座っている全員を使いたいんです」と切り出しながらスラスラと投打に期待の名前が飛び出した。先発候補だけでも伊藤、加藤貴、山崎、バーヘイゲン、マーフィー、上原、金村、北山、根本…。優勝球団のオリックス・中嶋監督に聞いてもこう滑らかには出てこない。野手では私が期待する野村、万波が元気そうだし、上川畑、五十幡もいい。奈良間、水野も面白いという。
新庄監督の選手紹介に耳を傾けていると、今年の日本ハムはやりそうな気がしてきた。当初は彼の派手な振る舞いが注目されたが、陰ではしっかりと若い芽を育てていたのだ。「伊原さん、ウチの試合を見ていてね」とちゃめっ気たっぷりな彼には「今年は何としてでもCSに行ってくれよ。まだまだお前さんの顔が見たいからな」と言葉を残し、温かい気持ちで現場を後にした。
今年もオリックス、ソフトバンクの牙城を崩すのは難儀だが、他のパ4球団は実力拮抗とみている。3年目の新庄ファイターズの躍進は大いにある。
(本紙専属評論家)












