【石井和義の光と影#12】1993年4月30日、東京・国立代々木競技場第一体育館でK―1が誕生しました。「USA大山VS正道空手5対5マッチ」などから得た資金で「世界一を決める大会」を準備をしていたら、フジテレビ関係者から「代々木第二体育館が空いているのでイベントをやりませんか」って。当時フジがやっていた「LIVE UFO」というイベントの一環でした。
そこで「世界一決定戦」の話をしたら「面白いですね」と「第二じゃなくて、代々木第一を空けます」と話が進みました。当初は正道会館主催の予定でしたが、フジテレビ事業部の主催になりました。「LIVE UFO」の一環だから、フジテレビとしては自社の主催じゃないとまずかったのかもしれません。うちは別にどっちでも良かったですからね。
大会は8選手による無差別級トーナメント。その理由は「軽い階級ではプロレス人気に勝てない」からです。このころ、プロレス人気が最高潮で93年のゴールデンウイークも新日本が福岡ドーム大会、FMWが川崎球場大会とビッグマッチを開催。いずれも超満員でした。アントニオ猪木にジャイアント馬場、ジャンボ鶴田、天龍源一郎、坂口征二が活躍した時代だから、大きな選手がやらないとダメなんです。申し訳ないけど、60キロ前後の選手では大きい人に“幻想”で勝てない。だから大きい階級でK―1を浸透させ、そこから中量級、軽い階級へと落としていくつもりでした。
人は絶対的に強いものに憧れるんですよ。「60キロの中で強い」「55キロで強い」は関係ない。強さとは無差別やから。猪木さんも、亡くなる前に「今のK―1とか言ってもみんな小せえしな、誰も知らないんだよ」っておっしゃっていました。だからこそ那須川天心君とか武尊君とか、軽いクラスで人気あるのはすごいと思います。猪木さんにしても僕にしても「強さ=無差別」やから。
今はプロレスラーも体格の小さい選手がドラゴンゲートとかで人気が出ている。等身大というか「私たちの彼氏が戦っている」みたいな感情があるんでしょうね。その延長線上にキックボクシングもある。デカい選手には「化け物みたいでちょっと違うな」って“幻想”が生まれるけど、それよりも「今度、マブダチがリングに上がるんだぜ」の方が感情移入がしやすいのでしょう。
アイドルもそうですよね。昔と違って距離が近くファンが応援することでスターになる。そんな風潮がSNSとともに発展し、格闘界も「応援したら、この選手がスターになれる」って流れができた。今のプロモーターはやりやすい。だって一番、人が多い階級でやれるんだもん。僕らの時は体がデカくないとダメだったから…(笑い)。













