【石井和義の光と影#11】1980年代の空手道場にサンドバッグやキックミットはほぼありませんでした。本革製で値段も高く、サンドバッグは大きいもので10万円以上、キックミットも何万円する。だから81年に道場をつくっても買えませんでした。でも逆転の発想で「革以外の素材でつくれないかな」。中身を調べると、サンドバッグは布切れを固めた物で、キックミットはフェルトでできていました。
「これならつくれるんじゃない?」ってなりますよね。革に代わる衝撃に強い素材として採用したのが、トラックのほろに使われているテントの生地。キックミットの形に縫ってもらってフェルトを入れてみました。ところがこれを蹴ったら破れるんです。空気が抜けないから。そこで上部に穴を開けて空気が抜けるようにしたら、破れない上に「パーン」といい音がするようになりました。大成功でした。
サンドバッグもテント生地にボロ布を詰めて完成。かかった費用は既製品の10分の1以下。10万円以上のサンドバッグは5000円くらい。3万~4万円もするキックミットは1000円もかかりません。そこでキックミットを100個、サンドバッグを20個くらい作ってみんなに蹴らせました。これならいろんな練習ができて楽しいし、みんなどんどん強くなっていきました。
すると、そのウワサを聞いた近所の道場に頼まれて安価で販売するようになり「これ売れるんちゃう?」。そこで「BEGINスポーツ」と命名し、カタログもつくって格闘技雑誌とかに広告を出しました。そしたら爆発的に売れたんです。そりゃそうですよね。キックミットが3000円くらい、サンドバッグも2万円くらいと、従来のものよりはるかに安かったんですから。
しかも原価も安いからすごい利益率。その儲けを原資に東京進出し「USA大山VS正道空手5対5マッチ」と「格闘技オリンピック」を開催します。さらに「5VS5マッチ」で上がった1400万円の利益を、USA大山と700万円ずつ。さらに「格闘技オリンピック」は3回で約4000万円の利益と、トータルで5000万円近いお金ができたんです。
でもBEGINスポーツも順調だし、正道会館の収支もプラスなので絶対に必要なお金ではなかった。この資金を使って「世界一を決める大会をやりたい」と考えました。だって観客がゼロでも損せえへんから。優勝賞金10万ドル(約1400万円)、選手に1万ドル(約140万円)くらい出場料を出し、会場を借りても絶対に赤字にならないから正道会館に影響がないって考えたんです。
これで誕生したのが「K―1 GRAND PRIX 93」。K―1の第1回大会でした。












