【松本薫の野獣道(16)】2016年リオデジャネイロ五輪は銅メダルで幕を閉じました。当時は本当に悔しいという気持ちしかなかったですし、しばらくは夢に出てきたほどでした。でも時間がたつにつれて「負けてよかったな」とも思えるようになりました。

 たぶん五輪の連覇を達成していたら自分のやり方が絶対的に正しいという考えになっていたと思います。子供たちに柔道を教える時、その子に合ったやり方が必ずあるはずとは考えられなかったでしょうし、自分の経験、教え方が絶対ではなく、負ける時は負けるという柔軟な考え方を持てるようになったのは、あのリオ五輪の負けがあったからでしょう。

 現在は柔道教室で全国各地を回っていますが、なかなか一人ひとりに合わせた指導は難しいと実感しています。でも職場とかでも、相手によって声の掛け方を変えたりとか、そういったことは普段から心掛けています。

 リオ五輪後は誰のために柔道をするべきか悩んでいましたが、プロポーズを受けていたので、年齢も考えて結婚を決意しました。子供も欲しいと考えていたのですが、授かったら柔道はできないかなって。でも今も働いているベネシードの社長(片山源治郎氏)が「子供が欲しいなら早い方がいい。その後のことは、産んでから考えようや」って。それが一つのきっかけで「子供を産んでも続けよう、柔道ができなかったら引退しよう」と決めました。

 今でこそママさんアスリートも少しずつ出てきていますが、当時は本当に少なかったんですよ。海外では結構いるのに…。日本では何が足りないのかなって。男性は子供が誕生しても競技を続ける環境があるけど、女性は難しい。この違いはなんだろう。女性も同じように続けてもいいんじゃないかなって。単純に「どうしてなのか」を知りたいという気持ちが大きかったです。

 そんな中、17年7月に第1子となる長女を出産しました。私と旦那の両親はお互い地方にいるので、育児は夫婦だけ。とはいえ、旦那は夜遅くまで仕事することが多かったので、必然的にすべての育児を担当していました。ご飯から着替えや入浴など、ほぼほぼ一人で対応していたので本当に大変でしたね。

 出産を経て体も大きく変化しましたね。復帰に向けて体を動かしますが前転、後転、側転、倒立もできなくて。完全に状態を戻すまで約1年かかりましたね。