【松本薫の野獣道(13)】 2012年ロンドン五輪から帰ってくると「野獣」と呼ばれていることにびっくりしました。SNSは一切見ていなかったし「誰のことだろう?」とつぶやいたら、みんなが視線を向けてきたので「ええ~、私だったの?」と。五輪前は「野生児」と呼ばれていて、あだ名をつけて応援してもらったのはうれしかったのですが、どんな感じでテレビに映っていたのかは気になりましたね。まあ、自分の映像を見たら「この顔怖いよな、これじゃあ仕方ないや」と思いましたね(笑い)。

 ロンドン五輪後はモチベーションの維持が難しかったです。(21年東京五輪女子52キロ級金メダルの)阿部詩選手みたいに柔道が好きな子なら次に向けて進めると思うけど、私は自分の夢のためにやっていたから。金メダルを取ったら戦う理由がなくなってしまったんですよね。でも、まだ24歳だったので、次も戦うんだろうなと思っていた時に、五輪って金メダルを取って辞める人が多いし、歌とかでも、つぼみから花が咲くというようなものが多いのに、何で夢を実現した後の歌はないんだろうって。夢をかなえることだけに精一杯で、その先は枯れるだけなの?みたいな疑問が出てきたので、次はその疑問を伝えられるような人になりたいと思うようになりました。

 ただ、すぐには戦闘モードにはなれませんでした。休養期間中の12年冬ごろ、Qちゃん(00年シドニー五輪女子マラソン金メダリストの高橋尚子氏)と食事に行った際に「スイッチが入らないんですよ」と、相談したときのたとえ話が今でも心に残っています。

「今まではおわんの中に水を一生懸命に注いで、いっぱいになるまで頑張ってきたから五輪の金メダルにつながったと思う。金メダルを取ったんだから、おわんはもういっぱい。これ以上水を注いでもあふれるだけでしょ。だから、次はもっと大きなおわんに水を注がないといけない。16年リオデジャネイロ五輪に向けて新しいおわんをつくっていく時期だよ」

 さらにQちゃんは「いきなり水を注いでも抜けちゃうから、今は前のおわんを卒業して。そのうち走らなきゃいけない時があるけど、その時に走ればいい。その時にはおわんも完成しているから。一生懸命いろいろ考えてつくっていこう」って。面白いたとえじゃないですか。国民栄誉賞を受賞したQちゃんから話を聞いて「確かにな」と、ちょっと気持ちが楽になりましたね。