【松本薫の野獣道(10)】ロンドン五輪の代表に決まったのは2012年5月でした。決まった瞬間はやっと来たというか、五輪に対する期待があったのですが、その後に感じたのは不安でした。

 私は妄想が大好きなので、昔からこんな自分になりたいというイメージを頭の中で描いていました。五輪の畳の上で、どんなふうに戦って、どんな勝ち方をして、どんなヒーローインタビューを受けたいか。そんなことをよく考えていたのですが、そのイメージだといつも負けてしまうんですよ。だから、打ち消すために、とにかく必死に練習をしました。

 メリハリはなかったですね。五輪前はもう吹っ切れるまで追い込むしかないなと思っていたので、生理も止まりましたね。ストレスとかで止まってしまうもので、本番まで半年くらいは生理が来なかったです。とにかく最高のパフォーマンスができるように取り組んでいました。

 それでもやっぱり怖かったです。五輪本番。試合までのカウントダウンが始まっていく中、勝率100%と言われてきた48キロ級の福見友子選手、52キロ級の中村美里選手が負けたんですよ。しかも2人ともメダルに届かなくて。私の中で神と思っていた人たち。私はその中に一人だけ人間がいるみたいな感じでしたけど、神も負ける時は負けるんだなと…。「みんなも人だったんだ」と思えた瞬間でした。

 大会中、中村選手とは同部屋で「もっと戦いたかったな」と涙をこらえながら話していたのですが、かける言葉が見つかりませんでした。その時に「あ、そっか。ここまで来たら1回戦とかじゃなくて、決勝までマックス5回試合してみたいな」。そこでバンと怖さは吹っ切れました。

 もう一つ理由があって試合前日の計量から戻ると、選手村で(レスリング女子)吉田沙保里選手と(女子監督)栄和人先生に会ったんですよ。「あ、沙保里さん。もう選手村入ったんですね」と会話していたら、普段金髪のカツラをかぶっている栄先生が「ここまで来たら最後はバカになれよ」とアドバイスをくれました(笑い)。

 柔道の代表チームは静かで黙々と練習をする感じでしたが、レスリングのチームはずっと笑っています。その姿を見て「ここまで来られる選手はごく一部だし、5試合全部戦い切りたい。1試合1試合楽しみたい」という気持ちが芽生えました。そこからは怖さが一切なくなって、試合当日も堂々と畳の上に立つことができました。