【松本薫の野獣道(15)】2016年4月3日にリオデジャネイロ五輪代表に決まりました。一度は安堵しましたが、前回の12年ロンドン五輪時みたいに「代表になれた」じゃなくて、普通に来るべきところに来たなぐらいの感じでした。

 ちなみに代表に決まった日、旦那がプロポーズしてきたんですよ(笑い)。2人で乾杯していたら「もう8年付き合っているので、そろそろ結婚を考えています」って感じでプロポーズされたんです。ただ、私の中には五輪しかなかったので、正座して「プロポーズは引き受けます。だけど五輪後にしてください」と答えたら、旦那も正座して「わかりました。大丈夫です。その辺は尊重します」という状況でした(笑い)。普通なら五輪後にプロポーズすると思うのですが、旦那にとってはそのタイミングだったみたいです。

 リオ五輪に向けては不安しかなくて、ロンドン大会とは違う感じでした。各テレビ局で盛り上げのためのカウントダウンをやるのですが、私にとっては焦りになっていました。そういうイベントをテレビで見るたびにチャンネルを変えていましたが、焦りと不安と、期待されて五輪に出るという重圧がありました。

 現地に入ってからも「うーん、なんかあんまりよくないなあ」という感じでした。体は動く、脳も動く、だけど、重心が高いなとか。何かがかみ合っていなかったんです。心と体を合わせなきゃいけないのですが、体が動きすぎて、軽くなりすぎていました。

 本番当日も「何か軽いな」という不安の中で戦っていました。準決勝まで勝ち進むもモンゴルの選手(ドルジスレン・スミヤ)に一本負けしてしまいました。いつもは接戦ながら負けたことがない相手だったので「決勝まで行ける」と思っちゃったんですよ。軽い時こそ絶対に気を緩めたらダメなのに「行ける」と思った瞬間に宙を舞っていました。その時はお互いがスローモーションに見えて、相手も「何でこんなにうまくいっているの?」みたいな。速攻で試合が終わってしまったので、相手も私もびっくりでした(笑い)。

 ここで初めて地獄に落ちました。3位決定戦は勝てばメダル、負けたらメダルがない状況だったので。でも崖っぷちの状態に立った時にやっぱり吹っ切ることができました。3位決定戦は台湾の選手(連珍羚)で動きは全部見えていました。やっと自分の柔道ができたけど「ここでか」みたいな感じでした(笑い)。