【門倉健 7球団奮投記~行けばわかるさ~(6)】東北福祉大野球部の練習はとてもハードです。投手はとにかく走って走って走らされます。土、日には5、6時間のランニングもざらでした。だけどその厳しい練習に耐えた結果、僕は4年生のころには球速150キロを記録するほど球が速くなり、ドラフト候補にも名前が挙がるようになっていました。
4年生ではエースとして投げ東北六大学リーグで優勝。全日本大学選手権へと駒を進めました。大会期間中、ネット裏には僕のことをチェックするため各球団のスカウトが集まっていましたが、準々決勝でとんでもない投手と投げ合うことになったのです。
対戦したのは大阪体育大。先発が発表されると、うちのベンチはざわつきました。相手の投手はなんと1年生。「ひょっとしてなめられてる?」。僕を含めチームの誰もがそんな印象を受けました。
ところが、この1年生投手の投げる球がすごかった! ストレートは伸びてくるし変化球もキレキレです。2回に東北福祉大がホームランで1点を先制したのですが、その後は全く打てません。この試合、先発した僕も相手打線を8回まで0点に抑えていたのですが、9回一死からまさかのホームランを浴びて同点に。それでも延長戦で勝ち越して何とか3―1で勝利を収めました。
このときの大阪体育大の1年生投手というのが後に巨人のエースとして大活躍し、2013年のワールドシリーズではレッドソックスの守護神として日本人初の胴上げ投手となった上原浩治でした。当時はまだ無名の存在でしたが、1年生ながらあっぱれな投球。投げ合ってみて「すごい投手がいるもんだ」と思ったものです。
これは後日談ですが、06年オフに僕がFAで巨人に移籍すると最初に声をかけてくれたのがエースの上原でした。「門倉さんのおかげでプロに入れましたよ」と彼は言ってくれたんです。大学選手権で僕のことをチェックするために集まったスカウトの目の前で好投したことで、上原の存在がプロからも注目されるようになったというのですが、もちろん上原ほどの実力の持ち主ならそんなことは関係なしにいずれ話題になっていたのは間違いありません。FAで入団してきたばかりの僕との距離を縮めるために大げさに言ってくれたのでしょう。新しいチームメートにも気配りを忘れない。本当に彼はナイスガイでした。やっぱり巨人のエースから「門倉さんのおかげです」と言われたのはうれしかったですね。
大阪体育大に勝った僕たちはそのまま決勝まで勝ち進みましたが、惜しくも敗れて準優勝に終わりました。それでもこの大会で好投したことで僕への評価はさらにアップ。そして秋に運命のドラフト会議を迎えたのです。












