プロ野球の近鉄、広島、巨人、ヤクルトなどで活躍した入来智氏(55)が10日に交通事故で亡くなった。

「ニュースを見て驚きました」と絶句したのは、近鉄時代にコーチとして接した本紙評論家の伊勢孝夫氏。

「飛ぶように走っていた姿が今でも目に浮かびます。とにかくすごいバネをしていてね。カモシカのように走る選手だった。身体能力は飛び抜けていた。あんな選手は見たことがありませんでした」

 特に印象に残っているのは近鉄サイパンキャンプでの出来事だという。

「チームの宿舎からバンザイクリフまで、入来が走っていくというんですよ。バイクで片道15分ぐらいかかる距離なんですけど、行きはかなりの上り坂なんです。それを平気な顔で往復してました。とにかく馬力がすごかった」

ヤクルト時代には日本一に貢献(2001年)
ヤクルト時代には日本一に貢献(2001年)

 ただ、課題となったのは…。

「サインがなかなか覚えられなくてね。ピックオフプレーのサインや、球種のサインも、みんな入来専用の簡単なフラッシュサインを使っていました。おそらく相手にはバレバレだったんじゃないかな。そのあたりはトレード先の巨人でも苦労したようだけど、ヤクルトはおおらかなチームだから成功できたのでは。バッテリーを組んだ古田敦也が、入来の良さを生かしてくれたように思う。ヤクルトと近鉄で戦った日本シリーズで、ウチは入来に負けているんですが、あの時の近鉄の連中はみんな『入来なら大丈夫』となめてかかっていた。そこを古田にやられました」

 プレースタイルはどんな選手だったのか。

「どんなに厳しい場面でマウンドに上がったとしても、プレッシャーなんて感じたことがないというタイプの選手でした。何も考えていないというか…。よく言えば肝がすわっているというか、無心にプレーできるタイプの選手でしたね」

 最後に伊勢氏は「本当に残念。まだ若いのに…。ご冥福をお祈りいたします」と話した。