【プロレス蔵出し写真館】今から37年前の1985年(昭和60年)5月17日、熊本県立総合体育館で前代未聞の事件が発生した。
 
 IWGPトーナメント1回戦で藤波辰巳(現・辰爾)はアイアン・マイク・シャープと対戦。試合後、乱入した将軍KYワカマツに襲われたが、そこにスーパー・ストロング・マシンが駆けつけワカマツを蹴散らし、藤波を救出した。

 藤波はマシンと対峙すると、マイクで「平田だろ? ¥$¢£%℃A 平田だろ、お前! $¢£%℃&# もうわかってんだ正体は!」とマスクマンに対し、禁断の正体バラし(写真)。例によってしゃべりは大方、解読不可能だ。テレビの生放送では、解説の山本小鉄が「平田だろって名前をさしてますね。平田だろ、お前って」と実況の古舘伊知郎アナに説明していた。

 今でも時おりネタにされる、プロレス界の迷言のひとつ「お前は平田だろ!」事件。

 マシンはそれを受け、自らマスクを脱いで藤波に投げつけた。すぐさま青いタオルで顔を隠したため、素顔を見せることはなかったが突然の行為に場内は騒然。マシンは外に出て、バスに乗り込む前、「ワカマツの乱入でムシャクシャして衝動的にマスクをとってしまった。平田? ノーコメントだ。マスクをとってほしかったら、藤波が早く俺の挑戦を受けることだ」と吐き捨てた。
 
 控室で藤波は、「俺が平田だろうと言ったこと? ファンの99%がマシンを平田だと決めつけている(注:たぶん100%)。半信半疑だったが、それをぶつけてみたんだ。マスクを脱ぐまでは、奴が平田であるかはわからない。だが、もしその通りだったら俺と戦うのにマスクは必要ないじゃないか」と興奮気味に早口でまくしたてた。

 この年の4月18日、両国国技館で藤波とシングル戦を行ったマシンは、クリーンファイトで真っ向勝負を挑んでいた。しかし、乱入したワカマツが藤波にパウダー攻撃を仕掛け、藤波がかわすとマシンの顔面を直撃。その直後、藤波のドラゴンスープレックスでフォール負けを喫し、ワカマツと仲間割れ。マシン軍団との抗争がスタートした。さらに、マシンは藤波との再戦を要求した。

 後年、藤波はこの迷言について様々な媒体、自身のユーチューブでも「(マイクでしゃべるという)余裕がないから頭の中にあることが、ポロッと出ちゃったんだよ。それが『お前、平田だろ』だったんだよね。今だからギャグで笑えるけど。当時、一生の間、穴があったら入りたかったな。一番やっちゃいけないことを…」と弁明している。

 マシンも後に、マスクを脱がそうとする新日本プロレスの意向に抵抗があったと明かした。
 
 マシンが望んだ藤波への挑戦は7月19日、札幌大会で実現(WWFインターヘビー級選手権)。試合はマシンがジャーマンスープレックスホールドで追い込み優位に進めるも、またもワカマツ軍が乱入してノーコンテスト。藤波はマシンに共闘を呼び掛けた。

 これを拒み、かたくなにマスクを脱ぐことを固辞し、8月5日ジャパンプロレスの大阪城ホールに突如現れ、長州力に宣戦布告。その後、フリー宣言して新日プロを脱退してしまう。プロダクションを設立し、翌86年に全日本プロレスにも上がった。

東スポに素顔を撮らせたマシン(85年5月、東京・板橋区)
東スポに素顔を撮らせたマシン(85年5月、東京・板橋区)

 ところでマシンは「平田だろ!」事件後、5月30日に板橋区志村にあるジムで練習を公開し、東スポだけに〝きちんとした〟素顔写真を撮らせてくれた。当時ボツになった37年前の写真を改めて見直すと、女性ファンの人気を呼んだであろう平田淳二が写っていた(敬称略)。

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