新日本プロレスは1日、〝ゴールデンスター〟飯伏幸太(40)が1月31日付で退団したことを発表した。

 飯伏は2004年7月にDDTプロレスリングでデビュー。団体と階級を超越した活躍でプロレス界のトップ選手となり、13年10月には業界初の「ダブル所属選手」として新日本にも入団した。16年に2月に両団体を退団すると、フリーの「飯伏プロレス研究所」を経て19年4月に新日本に再入団していた。

 再入団後の飯伏は19年と20年に「G1クライマックス」連覇を達成。21年1月4日東京ドーム大会では自身初のIWGPヘビー級王座を獲得した。さらに同王座と同時に獲得したIWGPインターコンチネンタル王座との統一を実現させ、同年3月に初代IWGP世界ヘビー級王者となった。

 しかし同年4月両国大会でベルトを失うと、同王座挑戦が決まっていた7月東京ドーム大会は誤嚥性肺炎による緊急欠場となる。復帰後の「G1クライマックス」では優勝決定戦(10月21日、日本武道館)に進出したが、オカダ・カズチカとの試合中に負傷しレフェリーストップ負け。「右肩関節前方脱臼骨折」及び「関節唇損傷」と診断された。

 新日本は22年2月に「NEW JAPAN CUP」で飯伏の復帰を発表したが、後日に「戦い抜くコンディションに至っていない」と復帰の延期が決定。5月に入るとSNS上で団体社員との私信をツイッターに貼り付けて団体に対する批判的な発言を繰り返すなどトラブルに発展した。

 飯伏はこの騒動の発端となった他団体無断出場とSNS上での内部やり取り公開が契約違反にあたるとして、3か月間の減俸10%の処分を受けた。また大張高己社長も管理責任を問われて3か月間の10%減俸処分、当該社員には選手への不適切発言に基づく服務規律違反から3か月間の減俸10%と職務内容の変更が言い渡されていた。

 結果的に飯伏は右肩負傷後から約1年3か月間リングから遠ざかり、契約期間満了に伴って退団することが発表された。年明けには自身のSNSでも「今年はやるぞー! あと1か月待てば。。自由が」と退団を示唆していた。昨年からSNSのプロフィル欄も「飯伏プロレス研究所」に変更済み。ゴールデンスターの今後の動向が注目される。