【元局アナ青池奈津子のメジャー通信】「怒りの方が勝っていたと思う。がんと診断された時、突然戦うか逃げるかを迫られて、終わった後プロセスする時間のないままシーズンに突入。自分の全盛期を奪われたと思っていたし、どうして自分なんだろうって、時に怒りにのみ込まれていた」
2020年3月、世界がパンデミックに突入したまさに裏側でステージ3の大腸がんと診断され、手術と化学療法を経て21年に見事なカムバックを見せたトレイ・マンシーニと今年の春、5年ぶりに話す機会があった。
エンゼルス・大谷翔平投手(28)とともにホームランダービーに参加していた選手の一人が、わずか1年前にはリンパ節に転移したがんのため、半年に及ぶ抗がん剤治療を受けていたというので覚えている人もいるかもしれない。あの日、トレイはダービーで2位だった。
彼のサクセスストーリーはあちこちで取り上げられたし、本人もがんに対する認識を高めようと手術直後からSNSやインタビューに積極的だったから「20年3月から21年10月まで、記憶がぼやけているんだよね。ひたすらジェットコースターに乗り続けていたような気もする」と、シーズンを終えることだけを考えて過ごしていたと聞いた時は少し驚いた。
「表面から見たら、あっさり復帰したように見えたかもしれないけど、実際はまったく。6か月のシーズンを過ごすためにできる限りの準備をしたけど、最後の数か月、体は疲れ切っていたし、精神的にも本当にいっぱいいっぱいだった。野球はやりたいけど、常に再発が心配で、やたら迫る不安から逃げられず、それが怒りとなって残っていたと思う。ホームランダービーは素晴らしい経験で、自分の人生のハイライトの一つに間違いないけど、シーズンが終わった時に、がんと診断されて以来、初めて息をしても大丈夫だと感じたんだ」
昨オフ、様々なものから距離をとるため、それまでいた東海岸から西海岸のラグーナビーチへ引っ越し、旅行へ出かけ、交際からわずか4か月でコロナ禍の中、突如闘病生活を支えることとなり、そばで励まし続けてくれたサラさんにプロポーズした。
「悲しみをいたわるというか、自分の心のケアを後回しにしてしまったんだと今なら分かるよね。あの時はフィールドに戻りたい一心だったから。一旦すべてから距離をとり、自分のための時間をとって、1年奪われたと怒って生きるより、生きていられて本当に幸せだと思って毎日を全力で生きようって、ようやく自分らしさを取り戻せたと思う」
大腸がんと診断された時、トレイは27歳。病との闘いに年齢は関係ないが、右も左も分からない中、抗がん剤治療後の具合の悪さを共有できるがん克服者らの存在が何よりもありがたかったと言う。
「家族の支え、サラの支えなくしては間違いなく乗り越えられなかったけど、抗がん剤治療後にやってくる2~3日の気持ち悪さをわかってくれる人の大事さを本当に痛感した。避けることはできなくとも、わかってもらえるだけでいかに楽になったか。もっと多くの人が話し合える場があればいいなと思う」
トレイとの話は、4年前、抗がん剤治療後の副作用で苦しんでいた母に何もできなかった自分を思い出させた。
次回、少しでも誰かの役に立てば、と語ってくれたトレイの闘病生活をもう少しつづろうと思う。
☆トレイ・マンシーニ 1992年3月18日生まれ。30歳。米国・フロリダ州出身。193センチ、97キロ。右投げ右打ちの外野手、一塁手。2013年のMLBドラフト8巡目(全体249位)でオリオールズから指名されプロ入り。16年にメジャーデビューし、初打席初本塁打。17年からレギュラーに定着し同年は打率2割9分3厘、24本塁打、78打点。以降3年連続で20本塁打以上をマークするも、20年春に大腸がんを患い手術。同年を全休した。21年にカムバックして21本塁打を放った。22年8月にアストロズへトレード移籍。今季は主に指名打者として打率2割3分9厘、18本塁打、63打点。












