燃える闘魂が殿堂入りしたワケとは――。プロレス界のスーパースター、〝燃える闘魂〟アントニオ猪木さん(享年79)が死去したこと受け、世界最大のプロレス団体・米WWEも、悲しみに包まれている。
猪木さんは2010年にWWE殿堂入り。クリエーティブ部門責任者で義父ビンス・マクマホン氏引退後のWWEマットをけん引する〝ザ・ゲーム〟トリプルHは、自身のツイッターに「当社の歴史において最も重要な人物の一人であり『闘魂』という言葉を具現化した男。WWE殿堂入りアントニオ猪木の遺産は永遠に生き続ける」と投稿。猪木さんの死をいたんだ。
WWE女子タッグ王者のイヨ・スカイ(紫雷イオ)は「アントニオ猪木さんが残してくださった数々の功績。こんな自分が現代のリングに日々立つことができるのも、偉大な方々が〝道〟を切り拓いてくださったからこそだと改めて実感しております。心より、お悔み申し上げます」(原文ママ)とツイートした。
WWEも公式ツイッターで「WWE殿堂入りアントニオ猪木氏の訃報に接し、悲しみに暮れています」と投稿。公式サイトでも猪木さんを追悼した。
一方、猪木さんがWWE殿堂入りした際にはこんな逸話がある。当時の関係者によれば「日本から殿堂入りさせたい」との意向を受け、日本側は当然、〝東洋の大巨人〟ジャイアント馬場さんと猪木さんを推薦した。馬場さんは1999年に死去していたこともあり、最終的に総帥ビンス氏が選んだのは親交が深かった馬場さんではなく、猪木さんだったという。
猪木さんとビンス氏のプロレス観は真逆なことで知られる。しかも猪木さんは公然と「WWEのプロレスは嫌い」と言い放っていただけに、大きな驚きを持って受け止められた。
猪木さんの偉大な功績は「嫌い」と言われた相手でも認めざるを得なかったということだ。












