レジェンドが「超人伝説」を残した。フィギュアスケート男子で五輪2連覇の羽生結弦(27=ANA)が19日に都内で会見し、競技会からの引退とプロ転向を発表した。これまで数々の金字塔を打ち立ててきた羽生は、国内外のスケーターに多大な影響を与えてきた。女子フィギュア界の未来を担う紀平梨花(19=トヨタ自動車)も、その超人ぶりを目撃した一人だ。全日本選手権2連覇の女王が「一生の思い出」と語る〝神エピソード〟とは――。

 羽生の功績を語る上で「前人未到」のキーワードは欠かせない。2020年には男子で唯一のスーパースラム(主要国際大会6冠)を達成し、2月の北京五輪ではクワッドアクセル(4回転半ジャンプ)に果敢に挑戦。失敗したものの、国際スケート連盟(ISU)に初めて認定された。記録だけではない。世界中のスケーターたちに大きな影響を与え、羽生にまつわる数々の言動が〝伝説〟として語られている。

 その一端を間近で目撃したのが紀平だ。20年12月の全日本選手権(長野・ビッグハット)、羽生と紀平はシングルでともに優勝。その後のエキシビションのフィナーレでは男女エースがそろって「片手側転」を決め、大喝采を浴びたシーンは記憶に新しい。紀平は「あのコラボは一生の思い出です」と振り返り、こんな秘話を明かした。

「実はエキシビション当日の朝、私が(演技構成を)何にしようか悩んでいたら『あれ(側転)をやったらいいじゃん?』って言ってくれたんです。その後にリンクを見ると、なぜか羽生選手が側転の練習をやっていて『え? なんで?』って…」

 この大会、紀平はショートプログラム(SP)で女子シングル史上初となる片手側転をプログラムに入れ、大きな話題となった。その紀平にエキシビションの側転を勧めつつ、自身も猛練習。そして紀平に「一緒にやろう」と男女エースの〝ダブル側転〟を提案したのだった。

「あの成功の裏で(羽生は)メチャクチャ練習していたんですよ。側転をたった1日でマスターするなんて、本当に信じられない思いでした」

 滑りやすい氷上に片手だけついて体を回転させるためには、強靱な体幹が求められる。幼少期に逆立ちの訓練をしていた紀平でさえ、シーズンオフから何度も練習してようやく会得したほどだ。それをわずか半日で完成させるとはまさに超人。技術と集中力、そしてファンを喜ばせるエンターテインメント精神…どれを取っても超一流の羽生だからこそなせる業だ。

 また、紀平は羽生の「人間性」についても強く印象に残る出来事があったという。昨年4月の世界国別対抗戦(丸善インテックアリーナ大阪)、紀平は「棄権も考えた」という激しい腰痛を発症。歩行も困難なほど深刻な状況だったが、自分のことのように心配してくれたという。

「夜ご飯の会場で、私が痛がっていると、前に並んでいた羽生選手は『大丈夫? 本当に無理しないほうがいいよ』と声をかけてくれました」

 同僚、スタッフ、裏方…全ての人へ気遣いを忘れない。その姿勢はスケート人生で一切ブレることがなかった。この日、引退会見の様子をスマホでチェックした紀平は、最後にこんな思いをしみじみと語った。

「羽生さんはフィギュア界の注目度を上げてくださった。その方と同じ時間に生きて、スケートをやれていること自体がすごいこと。選手として時期がかぶっていて本当に良かった。これからもアイスショーで滑り続けてくれたらうれしいです」

 羽生が歩んできた道は消えることなく、確実に歴史に刻まれた。その道は形を変え、今後の新たなステージへとつながっていく。