まだ見ぬ世界を追い求めていく――。フィギュアスケート男子で五輪2連覇の羽生結弦(27=ANA)が19日、都内で会見を開き、第一線を退く意向を示した。今後は競技会には出場せず、プロアスリートとして活動していく。さまざまな臆測が飛び交った去就について「自分の口から決意を言いたい」との思いで、約1時間にわたって胸の内を告白。集まった147人の報道陣の前で〝羽生結弦の矜持〟を示した。
世界中が注目する中、会見場に現れた羽生は「よろしくお願いします」と深々と頭を下げ「皆さんの応援の力の中で、羽生結弦としてフィギュアスケートを全うできるのが本当に幸せです。プロのアスリートとしてスケートを続けていくことを決意しました」と神妙に語った。唯一無二の演技で世界を驚かせてきたスケーターが、新たな決断を下した。
2014年ソチ五輪でアジア男子初の金メダルを獲得。18年平昌五輪では66年ぶりの2連覇に輝き、個人最年少の23歳で国民栄誉賞を受賞した。世界選手権は14年、17年に優勝。グランプリ(GP)ファイナルは13~16年に4連覇を達成した。20年には4大陸選手権も制し、男子で唯一スーパースラム(主要国際大会6冠)を成し遂げた。「これから競技会に出るつもりはないです。結果として取るべきものは取れました。そこに対しての評価を求めなくなりました」と晴れやかな表情で振り返った。
平昌五輪後から「唯一のモチベーション」と公言してきたクワッドアクセル(4回転半ジャンプ)の習得にも、引き続きチャレンジしていく。2月の北京五輪は、足首の状態が万全ではない中で果敢に挑戦。国際スケート連盟(ISU)公認大会で初めてプログラムに入れたジャンプとして認定されたものの、成功はならなかった。
「4回転半ジャンプにも、より一層取り組んで皆さんの前で成功させられることを強く考えながら、これからも頑張っていきます。競技会でなくてもいいんじゃないかと思っていて、むしろ競技会ではない形の方が皆さんに見てもらえるんじゃないかな」。挑戦を止めない姿は、まさに羽生の生きざまを象徴していた。
自身の進むべき道に迷いはない。「寂しさは全然ないです。これからも期待してやってくださいと胸を張って言える気持ちです」。競技会で雄姿を眺めることはもうできない。しかし、より幅広いステージでの活躍が可能になったとも言える。「試合という限られた場所じゃなくて、もっといろんな方法で自分のスケートを見ていただく機会があるかなと思っていますし、つくっていきたいなと考えているので、ぜひ楽しみにしていただきたいです」。詳細は伏せたが、いくつかのプランを描いている。
常日頃から〝羽生結弦〟という看板を背負い、想像を絶するような重圧と戦ってきた。「いつもいつも『羽生結弦って重たいな』と思いながら過ごしているが、恥じないように生きてきたつもり。これからも生きていく中で、羽生結弦として生きていきたいです」。どんなときも応援してくれる人たちのために、全身全霊を注いできた。「むしろここからがスタート。どれだけ頑張っていけるかが大事。新たなスタートを切ったなと思ってます」。次なる伝説が幕を開ける。












