全てを出し切った――。スピードスケート男子500メートル(12日、国家スピードスケート館)で、初出場の森重航(21=専大)が34秒49で銅メダルに輝いた。日本勢の同種目でのメダル獲得は2010年バンクーバー五輪銀の長島圭一郎、銅の加藤条治以来、3大会ぶりとなった。今季急成長を遂げた若武者が大舞台で躍動。19年7月に亡くなった母・俊恵さん(享年57)に最高のプレゼントを届けた。
飽くなき探求心が呼び込んだメダルだ。兄5人、姉2人の8人きょうだいの末っ子。北海道別海町で酪農家を営む両親のもと、幼少期から大自然のを駆け巡った。高校は加藤を輩出したスピードスケートの名門・山形中央に進学。その中で、ショートトラックでの練習などでコーナーワークを強化した。かつて森重は「一周が短いリンクなので、ほとんどコーナーばっかり。コーナーの技術が身につく」とメリットを口にしていた。さらに当時監督を務めていた椿央氏の指導を受ける上で〝考える力〟が向上。今季はローラースケートをメニューに取り入れ、地面をつかむ感覚を養った。
亡き母親の思いを胸に、己の道を歩んできた。俊恵さんは亡くなる直前に森重へ「スケート頑張れ」と最後のメッセージを送った。最期には立ち会うことができなかった。ただ、俊恵さんの言葉で覚悟が決まった。「スケートに懸ける思いがそこで大きくなった。どれぐらい変わっているかは分からないが、成長できた要因の一つだと思う」。
専大では1988年カルガリー五輪男子500メートル銅メダルの黒岩彰さんらを指導した前嶋孝監督が「一つひとつの練習の中で彼が頭の中で描いて努力していた。世界のトップで戦えるような動きを目指していた」と回想するように、常に高みを見据えてきた。実際に2年時には社会人チームに足を運び、己を磨いてきた。
地道な鍛錬が大一番で実を結んだ。100メートルの通過は全体5位の9秒63だったが、得意のコーナーワークで加速。卓越した技術で表彰台に食い込んだ。「スタートラインに立った時はいつも通り行こうと思ったが、フライングがあって、プレッシャーがかかるスタートになってしまったけど、やりたいことがしっかりできてよかった」。その表情は充実感であふれていた。












