日本初登場と同時にマスクを脱ぐというプロレス史上前代未聞の行為を働いた覆面男がいる。国際プロレス1977年9月の「スーパーファイト・シリーズ」に参戦したマスクド・グラップラーだ。
来日前の本紙は「ダラス、ヒューストン地区で大暴れしていた無法者」と報じ、黒地のマスクで顔を覆っていた。ところが開幕戦(9月4日、後楽園)でザ・キラーと組んでラッシャー木村、寺西勇組と激突するや、自らマスクを脱いだのだ。
「グラップラーの正体は何とあの“カウボーイ”ボブ・エリスだった。試合前に突然マスクを外すと、自らボブ・エリスであることを名乗った。何の前触れもなしにいきなり正体を見せられた観客も木村、寺西もしばしぼうぜん。髪をきれいにそり上げた坊主頭で、長身(191センチ)で鼻筋の通った顔。昭和38年のW・リーグ戦で力道山と戦った時、昭和46年の秋、フランキー・レインと組んで日本プロレスのNWAタッグリーグ戦で暴れ回った時と比べると、ケンカファイト一辺倒だ」
本紙記事も動揺している。そりゃ誰でも驚くだろう。エリスは60年代の超一流選手。ディック・ザ・ブルーザーと抗争を展開し、WWA世界ヘビー級王者にもなったトップ中のトップだったからだ。
63年のW・リーグ戦では前評判も高く、期待を集めての初来日となったが、日本のスタイルに合わず、わずか2勝で途中帰国。71年に2度目の来日も途中帰国となった。
米国の超一流選手が、日本でここまで「ハズレ」だった例はあまりない。当時48歳でピークを過ぎたとはいえ、マスクを脱いで素顔をさらしたのは元スーパースターのプライドだったのか。とはいえ、あまりに唐突な「告白劇」だった。
その後も素顔で戦い9月29日川崎でIWA世界ヘビー級王者ラッシャー木村に挑んだが、自分の十八番であるブルドッキングヘッドロックで完敗した。これが最後の来日となり、帰国後はセミリタイア状態で、80年に引退した。
テリー・ファンクやブッチャーらは日本のファンの大歓声を浴びて引退式を行ったが、エリスの場合は落日のスターの現実をさらす悲しい結末となった。やっぱり覆面はつらいよ…。(敬称略)












