【原巨人の終幕(下)】某スポーツ紙が「いまだ続投要請なし、原監督V逸なら解任も」と報じた9月26日、穏やかでない見出しに球団首脳は「営業妨害だ!」と不快感を示した。同紙には原監督と現役時代から親しい記者がいる。球団側としては、この報道を「監督サイドによる来季の続投を狙った揺さぶり工作」と受け取ったのだ。
原監督への続投要請がなかったのは事実。高橋由への速やかな監督就任要請を見ても、読売上層部ではこの時、すでに監督交代を決断し、候補は一本化されていたと見ていいだろう。ただ、球団としては、第1次政権で“ケンカ別れ”した過ちを二度と繰り返したくないとの思惑があった。そこへの配慮を重ねてきたからこそ「解任」の2文字に強く反応した。
ペナントレースを2位で終えても、幹部は沈黙を守り、監督去就への言及を一切避けたのはこのためだ。後任選定も行っていないとした。“円満ムード”を演出するため、原監督自ら身を引く決断を待った。
そして10月17日、ヤクルトに敗れ2年連続のCS敗退が決まった。試合後の神宮クラブハウスで原監督は桃井会長に辞意を表明する。ある意味、ここまでは球団が描いた計算通りのストーリーだった。
ただ、原監督自身に果たして続投意思はあったのかどうか。読売内部からは「日本一なら続投」との声も聞かれたが、原監督の周囲は「仮に要請されても、監督は蹴っていただろう」と話す。実際に、ヤクルトとの最終決戦前には近しい関係者を集め、退く覚悟を伝えていたという。
確かに球団は今回の監督交代劇を巡り、功労者である原監督のプライドを傷つけないよう、最大限の配慮を払った。それは“細やか過ぎる”ともいえるほどだった。しかし、その配慮が、原監督にうまく伝わったかは微妙だ。自分の置かれた立場を早々に悟り、最後は「日本一を置き土産に巨人を去ろう」と考えていたのではないか。
終戦から2日後、隣に新監督のいない、巨人では異例の退任会見。原監督は冒頭、長嶋監督から「おめでとう、来年度から監督だ」と直接、重いバトンを渡された14年前のことを感慨深げに振り返った。笑顔で「完全燃焼できた」とも言い切った。
今後は球団ポストには就かず、巨人を離れて「1年は少しフラットな形で」過ごすという。それでも「まだまだ私は若いし、エネルギーもある。少しゆっくりしてからそこから何かあるならばアクションを起こしたい」と、今後の球界への関わりは否定しなかった。
あるとき、原監督が「『下町ロケット』、あれはいい。男のロマンだ。やっぱり“ぼろは着てても心は錦”だよな」とつぶやいたことがある。テレビドラマ化もされた池井戸潤著の同作は、町工場が大企業の論理に翻弄されながら、立ち向かう話だ。当時は、巨人という“大企業側”のトップに立つ人間が共感できるものかと、違和感を覚えたものだが…。
巨人と原辰徳。今回“別れ”を切り出したのは、実はお互い同じタイミングだった。再び両者が交わる日は巡ってくるのだろうか――。












