北海道南部の秀峰駒ヶ岳を望む大沼には奇妙な動物が現れたという記録が残っている。
万延元年(1860年)、蝦夷地で医学院及び薬園を運営していた幕臣の栗本鋤雲(じょうん)氏が江戸の医師に宛てた書簡にあったもので、そこには駒ヶ岳近辺で目撃されている不可思議な獣の詳細が記されていた。
いわく、「大きさは雄の牛ぐらい(2〜3メートル程度か)、額に一尺あまり(30センチ以上)の角があり、時々鹿部川を泳いでいる。ウグイが上流へ遡上する時期なので、その群れを追って移動しているらしい。川を下る際には特に角がはっきり見えるという。水に大きな体を沈め、かなりの速度で進んでいく」。
日本には昔も今も額に1本の角を備えた特徴を持つ大型獣が生息している(いた)という記録はない。あったとしても妖怪や幻獣など、伝説上の動物として報告されている程度である。
では、この動物は何だったのか。書簡には以下のように続いている。
「私(筆者である栗本鋤雲)の友人であるイギリス人とフランス人の2人が見に行ったが、里の人はその動物を『山の神』と見なしており、口にすると祟(たた)りがあるかも知れないとして、何も教えてもらえなかったという。しかし、身体的特徴から、『サイ』に違いないとのことだ」
確かに、全体的な大きさや身体的特徴、水辺に現れるところなどから推測すると、現存する動物としては東南アジアの森林地帯に生息するスマトラサイないしはジャワサイが近いように思える。しかし、どちらも高温多湿な地域に生息するため、果たして野生のまま日本の北海道で生き残れるのか、といった疑問は残る。
同地には明治10年(1877年)や明治14年(1881年)にも奇妙な動物が現れたという報告が残っている。うち、明治14年に現れた獣は捕獲され、今まで北海道に生息していないとされていた猪に酷似した姿であったために学会を騒がせることとなった。
この猪は「家畜の豚が野生化し、猪に近い姿になった」とする結論が出ていたが、北海道内の古代の遺跡からは猪の骨などが出土しているため、もしかすると本土に比べて数は少ないものの生息していた可能性はある。
となると、この大沼に現れていたサイも猪と同じように昔から生息していたものだったのだろうか? 氷河期に生息していた原始的なサイ、ケブカサイであったならば北海道の厳しい冬も乗り越えられる可能性がある。
大沼に現れた奇妙な動物は本物のサイだったのか。長い年月がたってしまったが、また我々の前に姿を現してほしいものである。












