ここまで怪奇派から正統派までのマスクマンを紹介してきたが、覆面ブーム全盛期の昭和30年代、力道山が「一番の実力派はザ・デストロイヤー。僅差で続くのがミスターX」と評価していたのが1961年5月に初来日した“赤覆面”ことミスターXだった。

 実はミスターXを名乗る覆面選手は過去、少なくとも5人は存在している。話はややこしくなるが、同年2月15日開幕の「春の国際試合」には後のPWF会長ロード・ブレアースがミスターXとして来日している。

 しかし日本中を恐怖のどん底に陥れた本家本元は「第3回ワールド大リーグ戦」(同年5月1日~6月29日)に初来日したビル・ミラーが姿を変えたミスターX。AWA世界ヘビー級も獲得し、獣医師免許も持つインテリだった。

「スター列伝」でも紹介したように同年7月21日田園コロシアムで行われた力道山と“赤覆面”ことミスターXのインターナショナル選手権は日本全国に衝撃を与えた。覆面に凶器を仕込んでの頭突き連打と、空手チョップが正面激突して大流血戦に。力道山が先制すると、左ヒザを痛めたXは起き上がれずカウントアウト、力道山が2―0で防衛に成功すると、リング上でレフェリーがマスクをはいで、正体がビル・ミラーであることがさらされてしまった。

 凶器攻撃を使う悪の赤覆面だったが、本格的な実力派だった。この年は5月23日大阪でも力道山のインターナショナル王座に挑戦し、1―1から両者リングアウトの引き分けに終わっている。

 もっとも盛り上がったのは、春の本場所とされた6月29日大阪の「第3回ワールド大リーグ戦」決勝戦。1―1の後、Xは後頭部への凶器頭突きで反則負けとなり、力道山が3連覇を達成した。試合内容は壮絶を極めたものの、反則勝ちをよしとしない力道山は、早々と7月21日の王座戦を決定。3度目の大舞台で完璧な勝利を奪った。

 この年はグレート・アントニオ、ゼブラ・キッドらの大物もインターナショナル王座に挑んだが、間違いなく61年の日本プロレスの戦いの中心は力道山とミスターXの激闘だった。素顔をさらされたXはその後、覆面を捨ててしまう(海外ではたびたび着用)。Xとの激闘から、戦いの中心はやがて“白覆面の魔王”ザ・デストロイヤーとの死闘へと移っていく。