【空手美女】フィリピン代表・月井隼南の複雑な胸中「みんなで五輪をやりたいなんて言えない」

2020年08月20日 06時20分

空手組手女子のフィリピン代表・月井隼南

【どうなる?東京五輪パラリンピック(98)】私が動く理由は――。新型コロナウイルス感染拡大の影響で東京五輪は来夏に延期となったが、空手組手女子のフィリピン代表として五輪出場を目指す月井隼南(つきい・じゅんな=28)は、いばらの道を自らの足で切り開いている。SNSでは積極的に自分の思いを発信する中で、日本人アスリートが決して口にしない〝タブー〟にも触れる。そこには何が隠されているのか、美女アスリートの胸の内に迫った。

 道ですれ違っても、アスリートと思う人は少ないだろう。タレントの最上もが(31)をほうふつとさせる鮮やかな金髪とつぶらな瞳。そのルックスは、空手界でもひと際目立つ存在だ。

 月井は、空手師範の日本人の父とフィリピン出身の母を持つハーフアスリート。3歳までフィリピンで過ごしたが「正直フィリピンに住んでいた記憶はない」と笑う。7歳で空手を始めると、その才能はすぐに開花。小・中・高校と各年代の大会で全国優勝を経験した。大学時代はケガに苦しみながらも社会人2年目に日本一の座へと返り咲き、日本代表入りを果たした。

 2016年には、東京五輪の新競技として初めて空手が採用されることになった。日本代表として五輪の舞台に立てば「自分がおいしい、開催国だから応援してもらえる」と考えたこともある。それでも、母の母国フィリピン代表として戦う道を選択した。

 日本と違って、練習環境が不十分なことも知っていた。しかし「フィリピン代表で五輪に出たら、何か変えられることがあるんじゃないかな。将来の子供たちに何か変えられるものや、刺激になることができればいいな」と一念発起。17年4月からは拠点をフィリピンに移し「もし五輪でメダルを取って空手の知名度が上がれば、たぶん経済的な面でも少しずつ支援が可能になるんじゃないかな」と、現地で仕事をしながら空手の練習に励んだ。

 18年アジア大会(ジャカルタ)では銅メダルを獲得。月井の活躍ぶりを見たフィリピン政府も、空手競技へのサポート態勢を整えてくれた。

 ところが、今年3月24日に新型コロナウイルスの影響で史上初となる五輪の延期が発表された。ただ、現状ではコロナ禍が終息するメドは立たず、来年夏の開催も危ぶまれている。月井も不安な日々を過ごすうちに、ある複雑な感情が芽生えてきたという。

「スポーツって応援されて、みんなが盛り上がるのが当たり前だと思っていたけど、応援してくれる人が元気じゃないと、自分たちが元気はもらえないんだなって。自分はアスリートだからこそ、それ以外の部分に気を配って、気づいて考えて行動しないといけない」

 東京五輪出場が有力視される日本人アスリートの多くは「絶対開催してほしい」と口にする。だが、月井は「みんなで五輪をやりたいなんて言えない」と、他の選手が触れたがらない、コロナ禍での東京五輪の開催可否についてもあえて言及。ネット上では「フィリピンへ逃げたひきょう者のくせに」などと誹謗中傷を浴びたこともある。そんな状況でも、なぜ声を上げ続けるのか。

「アスリートである自分の環境って、みなさんがすごい気を使って確保してくれている。今、コロナの中でも自分はむしろ恵まれている。自分以外に困っている方がいるんじゃないかなって」

 もちろん、フィリピン代表として母の故郷のために尽くしてきたからこそ「私は引退する覚悟でやるので、守りではなく、すべての今までの集大成を出せるような気持ちで戦い抜いて、五輪につなげていきたい。開催を願っている」と声を大にする。

 小学生のころ、フィリピンの貧困地域で同年代の子供たちがゴミを拾って生活する姿を目の当たりにし「自分と同じルーツを持っているフィリピンの子で、同じ血が流れているのに」と衝撃を受けた。「自分のことを考えるのは当たり前。自分だけがいいからいいっていう世界じゃない」。月井はアスリートとして、これからも自らの意思を伝えていく。

【異国での武者修行は自粛】現在の月井は、都内の道場で子供らに空手を教える傍らで「後輩に手伝ってもらったり、相手の人にお願いしたりとかしている」と、周りの方々のサポートを受けながら練習に取り組んでいる。

 以前は「海外の強い国を片っ端から転々としていたんですよ」と、異国の地で武者修行に励んでいたものの、コロナ禍の影響を考慮し自粛中。拠点のフィリピンに戻れるメドも立っていないが、国内で調整を続ける場合は「試合に向けて体力面を元に戻す。試合はないけど、いかに試合に近いシミュレーションの練習を行っていくか。あとは分析も徐々にやっていきたい」と気合は十分。東京五輪出場を懸けたプレミアリーグ・ラバト大会(来年4月)と五輪予選大会(来年6月)へ向け、貪欲にレベルアップを目指している。

☆つきい・じゅんな=1991年9月30日生まれ。フィリピン出身。3歳で来日し、中学時代まで埼玉県で過ごす。東大阪大学敬愛高では組手と団体で日本一に輝いた。拓殖大進学後はケガに苦しんだ一方で、教員免許を取得。大学卒業後は東大阪大学敬愛高で社会科の教員をしながら現役を続けた。17年に日本代表からフィリピン代表となり、組手女子55キロ級で東京五輪出場を目指す。得意技は上段突き。現在は来夏に向けての練習に励む傍ら、3月下旬にユーチューブチャンネルを開設し、空手の魅力を国内外に届けている。155センチ、50キロ。