【久保康生 魔改造の手腕(28)】1997年の近鉄で39歳のシーズンを過ごし、現役を引退。翌98年からそのまま近鉄の投手コーチとして指導者の道を歩んできました。
現役最晩年で出会った大塚晶文(現中日投手コーチ)への助言が功を奏し、結果を出してくれた。この一つの成功体験が第一歩で、その後の指導者としての道へつながっていきました。
2004年には近鉄がオリックスとの合併で消滅し、岡田彰布監督とのご縁で05年から阪神の投手コーチに就任しました。
09年から岡田監督の後任に柳川商の先輩でもある真弓明信監督が就任。そのまま継続して投手コーチを任せていただく形になり、11年の同監督退任と同時に私も退団を申し入れました。
98年から14シーズンにわたり、投手コーチとして経験を積ませていただきました。本当に多くの才能に出会うことができました。日々の経験の蓄積、関わってくれた選手たちのおかげでコーチングスキルを身につけさせてもらいました。
12年シーズンから指揮を執った和田豊監督(阪神・球団本部付テクニカルアドバイザー)にも、投手コーチとして留任するよう熱心に誘っていただきました。
本当にありがたかったのですが、高校時代の先輩でもある真弓監督が退任され、自分が残るというわけにはいきませんでした。当時の南信男球団社長には深夜に及ぶ会談の末、私の思いを認めていただきました。
また阪神が困った時には助けてほしい。そういうありがたい言葉までいただき、円満にタイガースのユニホームを脱ぐことになりました。
こういった流れでNPBの野球からは一旦、お暇(いとま)をいただくことになりました。
このタイミングで指導の引き出しをさらに豊かにしたいという思いもありました。韓国球界での投手コーチとしてのオファーも斗山ベアーズからいただいていたのですが、自分としては米球界でコーチングを含め野球を勉強できないかという思いがありました。
また、12年から近鉄時代の教え子の一人でもある岩隈久志(現マリナーズ特任コーチ)がFA移籍でマリナーズと契約することが決まりました。
12年の2月20日でしたね。ロッキーズでトレーナーを務める高校の後輩・仲谷国夫の尽力でパスを発行してもらい、MLBのアリゾナキャンプを訪問しました。
そして1番目に訪れたのが岩隈のいるピオリアです。そうすると、たまたまそこでコーチのオファーを受けていた斗山ベアーズが一次キャンプを行っていて、ヘッドコーチをしていた伊東勤(前中日ヘッドコーチ)と遭遇なんてこともありました。
その日は岩隈がライブピッチング(打者相手の投球練習)をする予定だったので、ウオーミングアップからずっと見守っていました。投球を終えてメイングラウンドに戻るタイミングで「おいクマ」って声を掛けたら「来てくれたんですか」と涙してね。
大リーグに行ったら俺は必ず見に行くって言った約束通り来たよって。ご縁ですね。こんなタイミングで私も休ませてもらっていましたから。
その日の夜は大塚も家族でアリゾナに来てくれて、スコッツデールで食事をさせてもらいました。大塚にしても岩隈にしても投球技術はもちろん、人としてどうあるべきかを含めじっくり話してきた大切な選手たちです。頑張ってくれた彼らのおかげでたくさんのいい思いをさせてもらいました。
☆くぼ・やすお 1958年4月8日、福岡県生まれ。柳川商高では2年の選抜、3年の夏に甲子園を経験。76年近鉄のドラフト1位でプロ入りした。80年にプロ初勝利を挙げるなど8勝3セーブでリーグ優勝に貢献。82年は自己最多の12勝をマーク。88年途中に阪神へ移籍。96年、近鉄に復帰し97年限りで現役引退。その後は近鉄、阪神、ソフトバンク、韓国・斗山で投手コーチを務めた。元MLBの大塚晶文、岩隈久志らを育成した手腕は球界では評判。現在は大和高田クラブのアドバイザーを務める。NPB通算71勝62敗30セーブ、防御率4.32。












