新庄氏が嘆いた無観客トライアウト「復活の切り札はお客さん!」

2020年12月08日 05時15分

トライアウト参加後、取材に応じる新庄氏(代表撮影)
トライアウト参加後、取材に応じる新庄氏(代表撮影)

 生半可な決意ではなかった。阪神や日本ハム、米大リーグのメッツ、ジャイアンツで活躍した新庄剛志氏(48)が7日に神宮球場で行われた12球団合同トライアウトに参加し、試合形式の打席で1安打を放ってアピールした。2006年の引退から14年。人前でプレーを披露するレベルまで鍛え直す過程は決して平坦ではなかった。阪神時代の打撃コーチで、今回の愛弟子の挑戦を間近で見守った野球評論家の柏原純一氏がトレーニング中に垣間見た新庄氏の〝素顔と本音〟を明かした。


 トライアウトに向けて練習していた新庄を2回ほど見に行った。本人から「ちょっと見てくれませんか?」って言われてね。最初が9月下旬で2度目は11月下旬。9月のは狭い場所で練習も限られたメニューしかできていなかったけど、先月はプロの二軍や社会人も使う東京都内の球場を使ってフリー打撃やシートノックとか本番同様のメニューで追い込んでいた。その姿からは、熱意や真剣さもヒシヒシと伝わってきた。

 特に驚いたのが、体の仕上がりぶりだった。とても48歳とは思えないほど動けていたし、走っている姿ひとつとっても、30代の中堅プロ野球選手となんら遜色ない。50歳を前にして真顔で「プロ復帰」を口にするだけのことはあるな、と素直に思った。

 だからと言って、簡単に復帰がかなう世界かと言えば、そうではない。技術面も追い込んでいく中で、レベルを上げてやればやるほど「なんか違う」という部分は本人も感じていたようだ。打撃に関して「『これは入った』とか『芯食った感触や』と捉えたときは分かるものなんですけど、それがまだボヤッとしたものしかないんです」と言っていた。

 何であれ、ブランクを取り戻そうとした場合、いいときの状態をイメージして動きをつくろうとする。新庄の引退は14年前の2006年。どう打って、どう投げて、どう守っていたかを脳が覚えていても、そのままイメージ通りに体が動くというものではない。そのギャップを埋めるのは大変なことだ。

 しかし、そこは新庄。身体能力の高さは相変わらずだった。特に肩。もともと彼のストロングポイントではあったが、もう、めちゃくちゃすごいボールを放っていた。キャッチャーやって、座ったままライナーで二塁に投げているのを見たときには、思わず「えっ!」と声を上げてしまった。単に届いたというだけでなく、一軍の俊足ランナーでも普通に刺せるレベルだったからだ。

 本人も守備は絶対的に自信持っているようだった。「びっくりしたわ。えげつないボールを投げるやん!」と言ったら、新庄もうれしそうに「俺がいた時代のプロ野球で俺より守備うまい人はいなかったですからね」と笑みを浮かべていた。

 せっかくの機会だったから、気になっていたとこも聞いた。「なんで48歳にもなって、急にプロ野球に戻る気になったんや?」と。それも独立リーグではなくNPBで。夏前だったか、東スポの紙面を通じて「独立リーグ行け! 大歓迎されるぞ」と指摘した記事を読んでいたようで、新庄は「書いてましたね」と笑っていた。実際に独立リーグからのオファーはあったようだ。それでもNPBじゃないとダメというのが新庄の考えで、それどころかトライアウト後のオファーの期限まで設定していた。「6日間は待ちます。それでどこからもオファーがなかったら一切、野球から離れます」と。

 それを聞いて、余計なおせっかいだと思いながらも黙っていられなくなった。「それはもったいないだろ? せっかく1年間苦しい思いをして、体も戻して。引退して14年? そんなにたってここまでの体をつくってきたことだって、すごいと思うぞ」と。そう言うと、新庄は「そういうふうに思われるのが嫌なんですよ!」と真面目な顔で怒っていた。

 本人の中で間違いなくあるのは「今の野球界を自分だけのアプローチで盛り上げたい」ということ。日本ハムで国内復帰したときもそうだった。みんなが「えっ?」と思うような、一気に自分に注目が集めるような選択を彼はしてきた。

 実際、新庄は「僕はとにかく、お客さんがいっぱい入るところでプレーしたいんですよ」ということを言っていた。今回のトライアウト受験もその一環で、自分が出ることでお客さんも喜んでくれるという考えはあっただろう。だからこそ、トライアウトが無観客で実施されることになった際には、すごくがっかりしたそうだ。「僕にとって完全復活の最後のエネルギー、切り札は、お客さん!」とも言っていた。

 なんとも〝お祭り屋〟の新庄らしい。1年がかりでつらい練習をして、歯を食いしばって体を一からつくり直せたのも、今回のトライアウトで、どこかの球団からオファーが来るのではないかということとは別に、お客さんを喜ばせたいという純粋で強い気持ちがあったからこそなのだろう。

 今の日本球界で、新庄にしかできない役割というものはあると思う。プレーをするのか、あるいは指導者としてなのか、はたまた別の役割なのか…。それは僕にも分からない。ただ、こういう形で戻ってきたからには、何かしらで野球界に残ってもらって、新型コロナ禍で疲れ切っている球界を盛り上げていってほしいと思っている。

(野球評論家)