引退・藤川球児は「陶芸家」になる! 火の玉守護神が本紙に明かした〝第2の人生〟

2020年11月11日 05時15分

本紙記者に驚きのプランを明かしていた藤川。今後の人生も光り輝くものであってほしい

 今季限りでの現役引退を表明していた阪神・藤川球児投手(40)が10日の巨人戦(甲子園)で引退試合に臨み、最終回をMAX149キロの「全球直球勝負」でぴしゃり。試合後の引退セレモニーでは惜別の拍手に包まれながらグラウンドに別れを告げた。そんな〝火の玉守護神〟は、今後どんな人生を歩もうとしているのか。旧知の本紙虎番記者に明かしたプランを紙上大公開――。

 万感のフィナーレでタテジマのユニホーム姿に別れを告げた藤川。今後は〝第2の人生〟に注目が集まるが、すでに来年1月から球団の新ポストとなる「スペシャルアシスタント(SA)」の就任が決定している。フリーな立場で新外国人調査など様々な編成面のサポートをするそうだが、俗にいう〝名誉職〟で良しとしないのが球児という男だ。

 実は本紙に意外な「転身計画」をブチ上げており、それが何とプロの「陶芸家」に挑戦するというからビックリだ。これまでマウンドで何度も〝火消し〟を務めてきたのに、今度は逆に〝火を起こす仕事〟に精を出すとは…本当なのか。

「準備にはまだ2年ぐらいかかりそうですが、本気です。37か38歳ごろから気品があって美しいお皿やコップに興味が出だした。年を取ると紅葉とか、若い時には何とも思わなかったものがいいなあ、となるじゃないですか。歴史があって簡単にはできない奥深い職人の世界に、次の人生の入り口として開けてみたくなった。野球では体力や年齢からくる限界がある。監督とか指導者にとよく周囲は言うけど自分だけの力ではできないし、今は関心がない。もっと自分主導が大事。違うことにチャレンジしないと面白くないと思っている」

 日本には備前焼、益子焼など有名なものは多いが、実は毎年、沖縄でキャンプを行ってきた藤川は琉球の伝統である読谷焼の関係者とも精通。「その道の〝仙人〟といわれる方と食事をしたり、いろんな話をしてきてたんです。他には伊賀焼で知り合いもいて段々とその気になってきた」という。

 すでに藤川は近い将来の工房を作るため、関西近郊に自然豊かで、陶芸に適した大きな土地を購入することを決意。「そこで家族とともに陶芸教室をやりたい。不登校とか心が閉じている子供らと一緒に物作りをして元気になってもらえたらいい。地域貢献にもなる」とまでいうのだ。最近始めた自身のツイッターでも今後は「自分が弟子になれるよう全国の陶芸のプロに思いを伝えたい」と協力してくれる〝師匠探し〟も行う気でいる。

 それにしても意外ともいえる他ジャンルでの再出発。粘土をこね、ろくろを回す姿はなかなかイメージできないが、子供のころの出来事が大きく影響しているという。

「昔、親父にある農家の人のところに連れられたんです。どっから見ても普通のおじさんだったんですが、親父に聞くと若いころソフトボールで日本一になったすごい選手だったんです。でも、まったくそんな素振りも見せずに日焼けした顔で『そんなことありましたなあ』って。僕はその時、子供心に〝カッコいいなあ、そんな大人になりたい〟と単純に思ったんです」

 藤川が過去の数字にとらわれず「時価がすべて」を22年間モットーにしてきたのも、この何気ない〝風景〟こそが「原点」だったのだ。

 ならば本人には悪いが時を隔てた西暦20××年、すっかり使い慣れた工房でのこんな場面を勝手に想像してみる。年老いた藤川が黙々と仕事している。すでに風貌はまさに匠の姿。ヒゲもぼうぼうかもしれない。

 客「失礼ですが貴方は昔、阪神で活躍された藤川球児さんではないですか?」

 藤川「その名は知っちゅうが、ワシやないき…」

 客「ではこの焼き物は何と呼ぶのですか、それだけでも…」

 藤川「〝火の玉焼〟ぜよ、かな(笑い)」

 型破りともいえる人生の第二幕。〝人の世に道は一つということはない。道は百も千も万もある〟は尊敬する坂本龍馬の言葉だ。心から応援したい。(岩崎正範)