【異業種で輝く元プロ野球選手】「この治療院を開業して3年目です。おかげさまで多くの患者さんが来院してくれます。今思えば、この仕事が自分に最も適した職業だったのかもしれませんね」
さわやかな笑顔でこう話すのが元巨人の芦沢明さん(34)。東京・代々木八幡駅前で「Haris Paris(ハリパリ)鍼灸整骨院」の院長として活躍している。
2006年に社会人チーム「シダックス」の廃部を機に、巨人の入団テストを経て育成ドラフトでプロ入り。内野手として1年目から二軍戦に出場し、支配下登録を目指した。ところが、同年に試合中の守備で右手人さし指を剥離骨折。その後、持病だったヘルニアも重なり、わずか1年で自らユニホームを脱いだ。
「自分から辞めると言った時は球団の方も驚いていました。でも最初から1年やって支配下登録されなければ別の道に、と決めていた。現役に未練はありませんでした」
引退後、新たに選んだ職は「人を助ける仕事」だった。
「自分自身がケガで苦しんだので、野球を辞めた後は自らの知識や経験を生かして人様の役に立ちたいと。そこで翌年から柔道整復師の資格を取るため医療専門学校の夜間部に通い始めました」
24歳での再出発は肉体的にも金銭的にも苦労を伴った。巨人時代は育成選手だったため、月給は20万円前後。ドラフト上位選手のような契約金もなかった。ゆとりある学生生活は送れない。自ら学費と生活費を捻出するため、平日と土曜は午前9時から午後5時過ぎまで知り合いの治療院で見習いアルバイト。その後専門学校で勉学する日々を3年間続けた。
「休みがほぼなかったのがつらかった。でも、これをやらないと何も始まらない。そう自分に言い聞かせて乗り切りました」
11年に「柔道整復師」の国家試験に合格しても、元G戦士の奮闘は続いた。「治療の幅を広げるため」と同年からは「あんま、マッサージ、指圧師」の国家資格に挑戦。
3年後の14年に同資格取得後も、股関節や美容鍼の権威を自ら訪ね、貪欲に医療技術の「引き出し」を増やした。
「患者さんの症状は一人ひとりすべて異なる。そのためにはいろいろな治療技術を持っていた方がいい。それには勉強を続けるしかないですから」
15年8月には念願だった治療院を開業。店名は開業前に施術した患者に由来する。
「自分が一番初めに美容鍼の施術をした人がフランス人で。その方がすごく治療を気に入ってくれました。その縁もありパリを訪問した際、フランス人の人生を楽しむ生き方に共感しました。自分も患者さんの体を治すことで人生を楽しむお手伝いをしたい。そんな思いで“ハリ”と“パリ”を入れました」
今では芦沢さんの人柄や高い治療技術を求め、野球選手やモデル、タレントらも多数来院する。特に股関節の異常や変形が原因で起こる変形性股関節症の治療は「手術をせずに治す日本で数少ない治療院」として患者からの信頼も厚い。
「3、4年後には治療院を拡大したい。でも、患者さんは自分の施術を期待して来院してくれる。その人たちの気持ちを考えると、まずは患者さんが満足する施術を行うことが優先。その気持ちを忘れずにやっていきたい」
白衣をまとい力強くこう話す芦沢さん。プロ野球人生は短命に終わっても「人を幸せにする人生」に終わりはない。
☆あしざわ・あきら=1983年、山梨県生まれ。専大、シダックスを経て2006年育成ドラフト5巡目で巨人入団。07年に自ら退団し、現役引退。08年から医療専門学校・花田学園に通い11年に「柔道整復師」の国家資格取得。14年に「あんま・マッサージ・指圧師」の国家資格取得。その後、松本深圧院で深圧術、美容鍼灸の権威である北川毅氏のもとで美容施術を習得。15年8月に「Haris Paris鍼灸整骨院」開業。現在に至る。プロでの一軍公式戦出場経験なし。身長180センチ、右投げ右打ち。