【今週の秘蔵フォト】アイドルとはひと味違った大人っぽいムードとルックスで1970年代後半に人気を呼んだのが中原理恵だ。78年にリリースしたファースト・アルバム「TOUCH ME」から同年3月にシングルカットされた「東京ららばい」が大ヒットを記録。同曲でNHK紅白歌合戦にも初出場した。男装に近いリーゼントとボーイッシュな服装は実にインパクトがあった。

リーゼントが印象的だった中原理恵(78年)
リーゼントが印象的だった中原理恵(78年)
この後「東京ららばい」が大ヒットした中原理恵(78年)
この後「東京ららばい」が大ヒットした中原理恵(78年)

 78年2月26日付本紙には「東京ららばい」でブレーク前夜の中原の貴重なインタビューが掲載されている。ちょうど1stアルバムが発売された翌日だった。

「歌手になるなんて夢にも思わなかったわ。本当は私、メークアップアーティストになりたかったんです。少しずつ歌が分かってきた気持ちです。それに歌には演技力、集中力とか芸能人に必要な全ての要素が含まれていると思うんです。デビュー盤も何とか自分で許せる段階まで仕上がったので…」と、当初からアーティスト志向が強いところを見せていた。

 さらには「1年に1度だけお酒を飲むんですよ。ひどく落ち込んだときとか、何かを忘れたい時ですね」とも大人の女らしく語っている。落ち込むどころか、翌月に発売された「東京ららばい」が大ヒットして、一気に時の人となる。続く「ディスコ・レディー」(同年8月)も大ヒット。中原はその後、ディスコ路線を歩むが、海外でJ―POPが再評価ブームを呼んでいる現在も高い評価を得ている。コメディーも平気でこなすなど不思議な魅力に満ちた女性だった。