【昭和~平成スター列伝】“インドの狂虎”タイガー・ジェット・シンが、約14年ぶりの来日を果たし、17日の「工藤めぐみ40周年記念大会~邪道姫伝説~」(代々木第二体育館)にゲスト参加。82歳ながら往年と変わらぬ暴れっぷりを見せつけ、大会では観客をサーベルで襲撃し負傷させる事態を引き起こし、大きな波紋を呼んだ。

 あわや大惨事にもシンは「私の前にいたのが間違いだ。彼が悪い。分かってるだろう。俺から逃げればいいだけだ」と断言。息子のシンJr.も敬愛する父親に同意し「ケガしたことは残念だと思うが、試合前のタイガー・ジェット・シンだぞ。(初来日から)53年、誰もが狂虎を知っている。バスが全速力で走ってきたのに、そこに突っ立ってるか? 普通は道を空けるだろう」と語り、謝罪の言葉を口にすることはなかった。

 怖いものなしの親子は1992年にFMWに初参戦。実は史上初の親子タッグ対決が日本マットで実現している。舞台は93年9月3日のNOW後楽園大会。親子で来日したが、シンJr.は当時は正統派でNOW正規軍に加入。惨事を次々と起こす父親に「父さん、真人間になってくれ」と訴えていた。もちろん、まだ現役バリバリだった狂虎が息子の言いなりになるわけがない。そして最終戦、シンJr.、維新力、川畑輝鎮組対シン、大矢剛功、鶴見五郎戦が実現した。

親子の大乱闘は果てしなく続いた
親子の大乱闘は果てしなく続いた

「史上初の親子対決がメインの6人タッグ戦で実現した。リング上でシン組を待つシンJr.組。シン軍団が姿を現すや襲いかかる。シンは必殺のコブラクローで川畑をノド攻め。すると見かねたシンJr.がシンにストンピングの嵐でカット。息子が父親を踏みつけ攻撃だ。なかなかリング上で対決しない2人。ならばとばかりにエプロンでにらみ合う。シンはこれに怒り心頭。場外に降りてイスを投げる。息子もお返しにイスをほうる。さらにはツバを飛ばし合い、リング外で存分やり合う。試合はシンJr.がニールキックで鶴見をフォール。しかしシンの怒りは収まらず維新力相手に暴れまくると、シンJr.はシンの凶器を奪って父親に突き刺す。親父もイス攻撃でやり返し、親子対決は乱闘のみに終始した。シンJr.は『俺とシングルだ』とマイクアピール。シンは無視して控え室を襲い『俺とやる気か』と詰め寄ると息子は沈黙。またも大乱闘となり、親子のシングル対決が実現しそうな雲行きとなってきた」(抜粋)

 結論から言うとNOWは翌年に解散。親子のシングル対決は実現しないまま終わった。

 シン親子は94年から何事もなかったように新日本の平成維震軍興行に来日して親子で暴れ回り、95年1・4東京ドーム大会にも親子で出場した。シンJr.は97年からタイガー・アリ・シンの名前でWWF(現WWE)に登場。親父も鼻高々だっただろう。

 今回の事件を見ても分かる通り結局、親子の結束は固かったのである。また来日してほしい。