【昭和~平成スター列伝】新日本プロレスのIWGPヘビー級王者・辻陽太はリング外でも精力的な活動を行っている。アジアへのプロレス普及だ。昨年のインドネシアに続き、今年はG1後のオフにベトナムを訪問。現地団体ベトナムプロレス(VPW)に出向き、道場での練習指導や大会視察を行った。しかも自腹。いずれその地道な活動は団体に大きな効果をもたらすに違いない。

開会式に登場した馬場と猪木。場内はギュウギュウ詰めだ
開会式に登場した馬場と猪木。場内はギュウギュウ詰めだ

 マット界でのアジア遠征は歴史が古く、プロレスの祖・力道山は1950年代から東南アジアや台湾に遠征。力道山亡き後の日本プロレスもジャイアント馬場、アントニオ猪木の両巨頭を軸に69年7月7日から東南アジアに遠征。タイ、シンガポール、香港などで全5大会を開催している。第1戦は7月10日、タイ・バンコクのナショナル・スタジアムで行われ、実に2万4000人の大観衆を集めている、本紙は1面で同大会の詳細を報じている。

「王者ジャイアント馬場以下、日本プロレスの精鋭陣の東南アジア遠征団一行がタイ国のバンコクで初暴れ。地元ファンの熱狂的な声援の中で大勝利を飾った。バンコク入りして3日目の10日夜、市内のナショナル・スタジアムに2万4000人という大観衆が集まり、観客席の通路まで観客が入り込み、手一つ足一つ動かせないほどの殺人的混雑ぶり。館内は気温41度と気が狂いそうな熱さだ。メインイベントでは遺恨がからむ馬場、大木金太郎組がカールとクルトのスタイガー兄弟と激突した。1本目は大木が原爆頭突きでカールをKO。2本目も馬場がクルトを16文キックで血祭りにあげて、鮮やかなストレート勝ち。セミファイナルの猪木もクルト・フォン・ストロハイムにアバラ折り、原爆固めで快勝したが、若い永源遥と高千穂明久はそれぞれ難敵“怪覆面”ミスター・X、スティーブ・リッカードに振り回され善戦むなしく敗れ去った。日本プロレスのバンコクでの興行はこの一戦だけとあって、地元のファンが詰めかけ、試合開始時には切符は全部売り切れ。警官が80人も出動する騒ぎで、本場タイのキックボクシングを上回るブームを巻き起こした凄まじいプロレス決戦だった。なお日本プロレス一行はきょうシンガポールへ乗り込み、明日東南アジア遠征第2戦を行う」(抜粋)

 とにかく現地の熱狂ぶりはすさまじく、第2戦のシンガポール大会も市内のガイ・ワールド・スタジアム内体育館に1万8000人の大観衆を集め、馬場、吉村道明組がエドワルド・ぺレス、ストロハイム組にストレート勝ちしている。その後、香港でも大会を開催して一行は18日に帰国した。

 当時の東南アジアのプロレス人気は熱狂的でその後のマーケット開拓につながり、新日本プロレスや全日本プロレスの時代になっても、何度か遠征が行われた。「アジアには伸びしろがある」と目を輝かせる若きIWGP王者の夢が実を結ぶことに期待したい。
 (敬称略)