演歌歌手の松原のぶえ(本名・廣原伸恵=ひろはら・のぶえ)さんが、13日午前5時24分に都内の病院で死去していたことがわかった。14日に所属事務所とレコード会社が発表。65歳だった。2009年に腎臓の移植手術を行ったが、最近まで精力的に活動し、11月にも公演が控えていた。誰からも親しまれ、優しい人柄で知られた松原さんの生前エピソードをお届けする――。
所属事務所とレコード会社は「2026年9月13日(日)午前5時24分に、都内病院にて永眠しました。ここに生前のご厚誼を深謝いたしますと共に、謹んでお知らせ申し上げます」と発表した。
葬儀は家族・近親者のみで行い、お別れの会等については現在検討中で、決まり次第報告する予定。「ご遺族の意向により、静かにお見送りいただきますようお願い申し上げます」とした。
関係者によると、事件性はなく、死因は病死だという。
松原さんは、1961年7月18日生まれ。大分県出身。高校生の時に歌手を志して上京し、北島音楽事務所に所属した。79年「おんなの出船」でデビューし、日本レコード大賞新人賞を受賞。85年にNHK紅白歌合戦に初出場すると、92年まで計7回出場を果たした。
プライベートでは、92年に同事務所のマネジャーだった男性と結婚。その後、夫を社長とする個人事務所を設立したが、2003年に離婚した。その後、事務所は実弟・廣原伸輝氏が社長を務めている。
また、かねて腎臓が悪く、09年に腎不全の治療のため、伸輝氏の左腎臓を移植する大手術を受けていた。あるレコード会社関係者が明かす。
「手術後は『弟に感謝しかない』とよく口にしていました。二人三脚でやってきていたから、絆の深さがうかがえましたね。だからこそ健康にはすごく気を使っていて、特にコロナ禍では『腎臓の手術を経たから、感染症が怖い』と、人一倍気をつけていました」
松原さんは優しい人柄で知られ、多くの人に親しまれた。
ある芸能プロ関係者は「若い頃から、ものすごく明るくていい子でした。いつもニコニコしていて…。仕事でもプライベートでも飾らない人柄が魅力的で、誰からも愛されていましたね」
歌唱力はもちろんのこと、先輩・後輩からも頼りにされた存在だったという。
「先輩も大切にするし、後輩思いで本当に良い方でした。新人歌手が歌詞を間違えた時も、すごく優しく励まして指導していた姿が印象的でした」(別のレコード会社関係者)
直近では元気な姿も見せており、歌手として精力的に活動。11月27日には「令和・歌の祭典2026~名曲歌謡史を綴る~」(東京・J:COMホール八王子)に出演予定だった。
「最近まで本当に元気だったんです。入院されているとかも聞いたことがなかったし、本当にびっくりで、残念でならない」(同)
芸能界からはその死を悼む声がやまない。












