米中央情報局(CIA)のジョン・ラトクリフ長官が8月25日、モスクワを訪問した。
ロシア紙『コメルサント』は同日、「ラトクリフを乗せた米空軍のC17輸送機が午前10時4分、ブヌコボ空港に着陸した。訪問目的と会談相手は明らかにされていない」と報じた。軍用輸送機を用いたこと自体が通常の外交訪問とは異なる高度な秘匿性を帯びていることの証左だ。
ペスコフ大統領報道官は同26日、訪問が「情報機関間の接触」に関係すること、プーチン大統領との直接会談はなかったが、会談内容は大統領に速やかに報告されたことを明らかにした。
さらに対外諜報庁(SVR)のナルイシキン長官もラトクリフ氏との会談を認めた。ラブロフ外相は同28日、「世界のどこでも情報機関が相互に接触するための規則がある。彼らが静かに仕事をすることにも、何ら異例な点はない」と述べている(RIAノーボスチ、2026年8月28日)。
ここで興味深いのは、ロシア側が訪問の事実を否定せず、その一方で内容を徹底的に秘匿していることである。これは単なる情報交換ではなく、首脳外交では処理しにくい案件について、米ロが秘密交渉の回路を開いたことを示唆する。
『コメルサント』は同30日、米報道を引用し、ラトクリフ氏が「プーチン、トランプ、ゼレンスキー三者によるウクライナ和平会談を提案した」と伝えた。ただし、訪問目的をウクライナだけに限定して見るべきではない。NATO諸国との偶発的衝突の回避、核兵器をめぐる危機管理、拘束者交換、イラン情勢なども議題になった可能性があると筆者はみている。
トランプ大統領が腹心のCIA長官をモスクワに直接送り、欧州諸国にも十分知らせなかった可能性が高い。米国は欧州を介さずロシアと取引条件を詰めようとしているのかもしれない。もちろんラトクリフ訪ロによってウクライナ和平が直ちに成立することはない。しかし、米ロ関係が非難合戦から、水面下で戦後秩序の条件を探る段階へ移り始めたと見ることができる。
この秘密チャネルで基本的な取引が成立すれば、欧州やウクライナは、米ロが定めた枠組みを事後的に受け入れるよう迫られる。秘密交渉は戦争終結の可能性を高める一方、同盟国間に深刻な情報格差を生み出すのである。日本政府も情報収集と分析、さらに近未来予測に力を注いでほしい。












