結果に飢えるサイドバック――。アビスパ福岡のDF橋本悠(24)は、鳥栖アカデミーから福岡大を経てプロ入りした。100年構想リーグでは、2月の神戸戦でプロ初ゴールとなる直接FKを決めるなど、DFながら2得点をマークした。さらなる飛躍を目指す若きDFに迫った。
――昨季は涙を流した試合もあった
橋本 なかなか勝てない時期が続いてサポーターの期待に応えられない悔しさがあった。同時に、自分がまだチームの力になれていない情けなさもあった。ただ、落ち込むことはなかった。中学、高校でも試合に出られなかったり、チームを盛り上げる立場だったり、同じような経験をしてきた。その中でチャンスをつかんできた自信があったので、積み重ねていけば結果につながると思っていた。
――プロを意識した頃から振り返ると、どんなサッカー人生だった
橋本 小学6年の頃からプロを意識していた。ここまで順調だったわけではなくて、壁に当たったことの方が多かった。でも負けず嫌いだし、人が辞めてしまうようなことでも続けられる自信があった。プロにはなれると思っていた。
――福岡大からJ1に入り、最も感じたレベル差は
橋本 外国籍選手と対峙することが多くなったこと。日本人にはないスピードやパワーがあるし、それを感じるたびに、海外はもっとすごいんだろうなと思う。
――鳥栖アカデミーから福岡大を経て、プレースタイルで大きく変わったのは
橋本 縦への推進力と上下動ですね。高校時代までなかった自分の強みを大学で身につけたいと思って福岡大に進んだ。今の自分の武器になっていると思う。
――攻撃型サイドバックとして、自分の強みは
橋本 クロスです。そこでは明らかに違いを見せられると思っている。両足で蹴れることも強みだし、選択肢がかなり広がる。ゴールから逆算してスペースを見つけることも意識している。中学1年生くらいまではフォワードやサイドハーフだったし、今でも攻撃は好きですね。
――2月27日のアウェー神戸戦で決めたプロ初ゴールを振り返ると
橋本 僕たちは10人だったけど焦りはなくて、自分のゾーンに入れた感覚だった。まず1点返したいという思いだけだった。素直にうれしかったし、その日のうちに両親や兄、指導者の方々へLINEを送った。通知は60件くらい来ていたけど、全部返信しました。
――DFながら2得点を挙げている
橋本 去年はシーズンを通して0点だったけど、今年は半年で2点取れた。数字は仕事の成果だと思うし、自信にもなる。攻撃型をうたっている以上、点を取らないと理想の選手像にはなれないと思っている。もっと貪欲に狙っていきたい。
――守備と攻撃を両立する上で意識していること
橋本 まずは守備が前提です。その上で「なんでDFなのにあそこにいるんだ」と思われるようなプレーを見せたい。J1にはトップクラスのアタッカーがいるので、1対1で負けないことや予測で上回ることは今後も課題だと思う。
――サッカー人生で最も影響を受けた人物は
橋本 父ですね。父もサッカー経験者で、僕も兄も小さい頃から教えてもらった。お風呂で一緒にサッカーを見たり、公園でボールを蹴ったり、本当に生活の中にサッカーがあった。やらされていた感覚は全くなくて、僕が好きだったので、父の方が疲れていたかもしれない(笑い)。
――憧れの選手も変わっていった
橋本 フォワードだった頃はメッシだった。中学1年でサイドバックになってからはダニエウ・アウベス(元ブラジル代表)に憧れた。その後はトレント・アレクサンダー・アーノルド(レアル・マドリード)ですね。同じ右サイドバックで、フリーキックもうまいので動画をずっと見ていた。
――今は自分のプレーを見ることが多い
橋本 そうですね。自分の良いプレーやゴールシーンを見て気持ちを上げている。
――仲のいい選手は
橋本 碓井(聖生)、重見(柾斗)、小畑(裕馬)とはよく一緒にいます。4人でご飯に行ったり旅行に行ったりしている。沖縄や壱岐島にも行ったし、次は韓国に行きたいなと思っている(笑い)。
――普段はどんな性格と言われる
橋本 おしゃべりで陽気と言われる。人見知りもしないですね。
――今後の目標は
橋本 チームとしては10位以上に入りたい。個人としては今の2得点2アシストを上回る数字を残したいし、まだホームでゴールを決めていないので、ホームで点を取ることが一番の目標です。
――サポーターへメッセージを
橋本 勝ち点を積み重ねる大切さや、序盤に勝てなかった反省もある。その中でも粘り強く応援してくださり感謝している。次のシーズンはもっと数字を伸ばして、チームとして順位も上げたい。タイトルを取ったアビスパがこの順位にいてはいけないと思うので、上位を目指して頑張ります。
☆はしもと・ゆう 2002年6月7日生まれ、佐賀県出身の24歳。DF。背番号47。171センチ、64キロ。サガン鳥栖U―12、同U―15、同U―18を経て福岡大へ進学。24年に特別指定選手としてアビスパ福岡でプレーし、25年に正式加入した。100年構想リーグではDFながら2得点を記録した。
















