――歴史人口学者のエマニュエル・トッド氏は「西洋の敗北」の中で、21世紀の危機は世俗化だと指摘しています。そして世俗化の果ては宗教ゼロ状態になるとも…
佐藤優(以下佐藤) 欧州や米国に比べると日本ではまだそれほど世俗化は進んでいません。世俗化が進むと完全な能力主義になりますが、日本にはまだ一定の年功序列が残っているし、格差にも歩留まりがある。いわゆる働かないオジサンだって昔は一生懸命働いていたわけだし、今は子どもの大学進学のためにお金がかかるから窓際にいる。こうした状況は一種の再分配の機能が働いていることでもあって、社会システムを維持するためにはいいよね、と見ることもできるのです。トッド氏はある意味、真のグローバル化は完成しないということを言っている。西ヨーロッパで宗教ゼロになるのはその通りなんだけど、ロシアや米国、日本では世俗化が進んでもゾンビ宗教状態で留まるのだと思います。
――公明党が自民との連立解消に至ったのは、世俗化という観点で示唆的ではありませんか
佐藤 公明党はこのまま世俗的なゼニ・カネの価値観の自民党と一緒にいると危ないと思ったから距離を置いたのでしょう。長く与党でいるためにはいったん野党になって、3~5年後、そう遠くない時期に今度は別の組み合わせで与党に戻る計算をしているのだと思います。石破前首相は自民党が割れるの防ぐために退きましたが、この先、自民党の解体がないとも限らない。
――日本における二大政党制が終わったと見る風潮も昨年のトピックのひとつでした
佐藤 私は日本では二大政党制は無理だと思っています。英国のような階級社会、あるいは南北戦争の対立がずっと国の在り方に尾を引いている米国では二大政党制が続くのでしょうが、日本は他の欧州の国のように多党制を取るべきだと思います。もちろん、これはわれわれが民主主義な道を選んだ場合です。権威主義的な道を選ぶのなら限りなく一党独裁になるのでしょうが、なかなかその方向には行かないと思います。それは前の戦争(第二次世界大戦)で国がなくなる瀬戸際まで行ったから。
――戦後80年で戦争の記憶が薄くなっていく一方で、勇ましいことを言う政治家も目立ち始めたような…
佐藤 ちょっと考えてみてください。勇ましいことを言う政治家は本当に戦場に行くのかと。ロシア・ウクライナ戦争を見ていたらわかるように、実際のリアルな人間が戦争をするのであって、SNSではドニエプル川(※ウクライナとロシアが対峙する最前線)を渡れません。
――AIを使ったドローンやミサイル、インターネット空間におけるサイバー戦争がこれからの主流だという指摘もあります
佐藤 そういうことを言っている人は素人です。現実を見てほしい。ガザ紛争の場合、ドローンとミサイルだったら圧倒的にイスラエルが有利だったはずなのに、地上戦をしなくてはハマスを掃討できませんでした。ロシア・ウクライナ戦争だって地上戦が続いている。ドローンやミサイルはツールのひとつに過ぎず、最終的には人で地上戦ですよ。人間が血を流すことによって(戦争が)終結する。それが現実なのです。
――なるほど、テクノロジーを過信してはいけないということですね。しかし、情報にアクセスする方法が変わったことで、国民の意識が変容していくということは考えられませんか。政治学者ベネディクト・アンダーソンはかつて「想像の共同体」の中で、新聞と出版が国民意識を形成したのだと指摘しました
佐藤 SNSがツールとして果たしている役割というのは、若干の能動性はあるにしてもテレビやラジオとそう変わりません。要するにマスに伝えられる媒体に双方向性が加わったというもの。でも、SNSで流れているコンテンツの基本はオールドメディアが流したものが拾われているだけです。その意味で、情報空間の流れはSNSでは根本的に変わらないということです。
――確かに一次情報の担い手はオールドメディアです。その割にはマスメディア不信という〝逆風〟が強すぎるようにも感じます。新聞の発行部数は20年前に比べて半減しました…。
佐藤 そんなものでしょうね。世界に比べると(部数減は)全然です。米国ではNYタイムズがひとり勝ちと言われているけど、サブスク購読者数が1000万人であって、紙だと63万部(どちらも2024年時点)。ロシアの日刊紙イズベスチヤもソ連時代には1800万部あったけれど今は12万部です。日本のように戸別配達が続いてる国も少ないですからね。
――新聞社が自分たちの本質や価値を見誤っているということでしょうか
佐藤 新聞は本来、公共圏にあるという理解だから、これまでは記事引用の条件などもやさしかったわけです。ところが最近の商売の流れに新聞自体が取り込まれてSNS化して、公共的なものではなく、私的なものに変わっているよね。その傾向は新聞記者がXで発信したり、PV(ページビュー)を意識するようになったことでもわかります。私は(Xに書くくらいなら)本記で書けばいいのにと思っていますが、どうも公共圏を崩すことを新聞社がみずからやっているような気がします。大事なことはインターネットを過大評価しないこと。SNSプラットフォームというのは政治を作るというよりも、投げ銭をしたりお金をもうけたりするプラットフォームとしてよくできたものだという前提を正しく理解することです。















