――経済学者で元ギリシャ財務大臣のヤニス・バルファキスは「テクノ封建制」の中で、インターネット空間は巨大プラットフォームの支配によって、むしろ個人の自由を奪う装置に変質したという驚きの指摘しています

 佐藤優(以下佐藤) それはその通りだと思います。サブスクなんていうのは地代、一種の年貢みたいなものでしょう。デジタルテクノロジーの世界は寡占化が進んでしまっているので新規参入が容易ではありません。XもFacebookもそういうものとして、そのプラットフォームを使うしかない。もしも国策としてやるのならロシアみたいなことは可能かもしれない。グーグルほどの規模ではないけど、ロシアにはポータルサイトと検索エンジンを提供する「ヤンデックス」という企業があって、アマゾンほどではないけど「オゾン」というEコマース企業がある。ロシア語圏なのでマーケットは2億人くらいしかいませんが…(※世界の英語人口は15億人とされる)。

「テクノ封建制」の著者で、ギリシャ財務大臣を務めたヤニス・バルファキス氏(ロイター)
「テクノ封建制」の著者で、ギリシャ財務大臣を務めたヤニス・バルファキス氏(ロイター)

 ――現在の米国の株価を支えているのがビッグテック(いわゆるGAFAMやNVIDIAなど)である一方、トランプ氏はものづくり復活に掛けている

 佐藤 トランプさんは産業の空洞化をどう埋めるかに注力していて、その考え方はドイツの経済学者フリードリッヒ・リストの「政治経済学の国民的体系」が基盤となっています。簡単に言うと、輸入に頼らず米国内に工場を作れば製造業の雇用もできるし、エンジニアを志向する人が増える。一世代か二世代たてば米国はきちんと物を作れるようになるということを考えているわけです。では日本はどうかというと、米国ほど産業の空洞化は起きておらず、ちゃんと生き残ることができる。これは決定的に重要で、日本はまだまだ底力がある国なのです。自分たちを過小評価しないことがすごく重要になってきます。

 ――ちなみに成功例だと考える日本企業は何でしょうか

 佐藤 コンビニやスーパーなどは日本独自の生態系の中で十分成功していると思います。IT系だとフリマアプリのメルカリはeBayに負けていません。メッセージアプリのLINEも東アジア限定とはいえかなり広がったと言えるのでは。

 ――少子高齢化による人口減少とそれに伴う労働力不足、社会保障費の膨張、長期停滞している経済…メディアは日々、日本の危機を報じています。悲観論を唱えすぎなのでしょうか

 佐藤 それは明らかに影響があります。しかし、メディアというのは本来そういう性質なのでそれ自体は驚くべきことではないよね。正しく理解するためには事実と認識を切り分けることです。確定した事実とみんながどう思っているかという認識を区別することです。たとえば政治家がもうかるというのは誤解です。実際には政治をやるためにお金が必要なのであって、金持ちの政治家なんてほとんどいません。デジタルネイティブな若い人たちが政治の世界に進まないのは金儲けができないことを直観的に理解しているからです。お金は権力になるけれども、権力はお金に代替されないのです。

 ――たしかに政治解説系のユーチューバーが増えたのも、政治系の動画が再生回数を稼ぎやすいということに紐づいている

 佐藤 収益化しない人間は結局のところ食っていけないから淘汰されます。収益化することが目的になるんですね。そして収益化されると、少しでも多くの人が見るようにと(主張が)尖っていく。だから右でも左でも過激なユーチューバーしか残らない。8~9割が右で、1割が左というのは下からナショナリズムが起動しているから。(全体を右へと誘引する)ナショナリズムは現代の宗教で、ある意味では自分自身の気持ちいい居場所を見つけることに近いとも言えるでしょう。

保守系活動家のチャーリー・カーク氏は25年9月、凶弾に倒れた(ロイター)
保守系活動家のチャーリー・カーク氏は25年9月、凶弾に倒れた(ロイター)

 ――オーストラリアのように、子どものSNS利用にかんして法規制を導入した国もある。佐藤さんは現在、どのようにSNSを利用しているのか

 佐藤 Xやフェイスブックは全然見ないし、発信もしません。なぜならそれで私の仕事は困らないし、SNS上で重要な発言があった場合きちんと新聞に出てくるんですね。トランプさんがXでこう投稿したをリアルタイムで見る必要はないでしょう。近いものとしては唯一、朝日新聞のコメントプラスを、SNS代わりに使っています。見る人は朝日新聞を購読している100万人近くに限られてしまいますが、官僚や政治家が目を通している媒体だから、私が必要だと思ったメッセージを伝えることができる。不快なリプライを直接相手にしなくていいですし、いい場所を見つけたってと思います(笑い)。

佐藤優氏が唯一利用している朝日新聞のコメントプラス
佐藤優氏が唯一利用している朝日新聞のコメントプラス

 ――テキストメディアよりも、YouTubeを含めて動画全盛の時代を迎えています。

 佐藤 そうですね、私もひと月3000円くらい払ってYouTubeプレミアムに入って広告表示なしで見ています。でも古い映画やニュース映画を見るためであって、ユーチューバーのチャンネルは全然見ません。動画だと1分間で300字ぐらいしかしゃべれません。動画で見るのは映像から知的な刺激を受けてさらに(テキストを)読もうとなる点に意味があるからです。新聞記事のようにそのまま読んでわかるものをわざわざ動画で見なければならないのかと疑問です。倍速視聴にしたって全然です。読むほうが圧倒的に早い。だからビジネスパーソンの情報収集が動画頼みになってしまうことは、みずから情報の〝入り〟を少なくしてしまっていることに他なりません。

 ――一足飛びに世の中は変わらないということですね。佐藤さんが重視する〝足元の平和〟に通じるものに見えます

 佐藤 スローガンのようなあまり抽象的な話で平和を語るのではなく、具体的なレベルで平和を語る。これはすごい重要です。具体的には日本とその周辺として東アジア、しかも個人ではなく共同体で考えるとやはり国家ということになります。経済も含めてグローバルなネットワークにつながった時代を生きていますが、われわれは結局、グローバリゼーションになじめなかったんだよね。だからこそ他国の主権を尊重しながら、自国とその周囲、つまり〝足元の平和〟を重視していくべきだと考えています。(おわり)