【日本初の女性首相 鉄の女を目指す高市早苗#2】日本の憲政史上、自民党の高市早苗総裁が初の女性首相となった。高市氏を長年、取材しているノンフィクション作家の大下英治氏が緊急寄稿。政治家を目指すきっかけとなった松下政経塾との接点や松下幸之助の教えとは――。 (全3回中の2回)

 高市さんが政治家を志すきっかけとなったのは、神戸大学を卒業後、松下政経塾に入塾し、松下電器産業(現・パナソニックホールディングス)の創業者の松下幸之助と出会ったことです。高市さんは、政経塾時代、世界的な電機メーカーを一代で築き上げた立志伝中の人物から様々な影響を受けています。

 そもそも高市さんは、なぜ松下政経塾に入塾したのか。それは父親の大休さんの影響だったそうです。

 トヨタグループで働く大休さんは、高市さんに品質管理や株価の見方、景気、企業のコスト削減、アジアやアフリカとの貿易事情などの話をよくしてくれました。夜逃げした経営者の話や、破産手続きの仕方など、具体的な話も多く、高市さんは、いつしか経済や経営について強い関心を抱き、神戸大学経営学部へと進学したそうです。

 そして大休さんの話の中には、たびたび松下幸之助の名前が登場したようなんです。

 政経塾を受験する際も、母親の和子さんは反対だったようですが、大休さんは「松下さんのところなら、夢があっていいんじゃないか」と言って、後押しをしています。

 高市さんが松下幸之助と初めて対面したのは、政経塾の3次試験の当日。彼女が面接会場に入ると、5人の面接官の中央にあこがれの松下が座っていました。

 普段は物おじしない高市さんも、この時は松下の迫力の前に蛇ににらまれたカエルのようになってしまい、緊張でほとんど話をすることができませんでした。

 結局「あんた、ほんまに5年間辛抱できるか?」と問われて「はい」と一言絞り出すのが精いっぱいだったようです。

 入塾後、高市さんは松下本人から直接薫陶を受ける機会に恵まれますが、そのなかでも彼女は、次の言葉に影響を受けたそうです。

「成功の要諦は、成功するまで続けるところにある」

 ほとんどの人に成功のチャンスはありますが、ふとしたことで脇道に逸れたり、途中でやめてしまうから、大成は難しい。しかし、志を持ち、諦めずに続けていれば、いつか必ず成功できるという意味です。

 また彼女は、二者択一を迫られた時、リスクの低い安定志向の第2志望ではなく、リスクが高くても自らの希望に近い第1志望を選ぶようにしているそうですが、これも松下の「まっすぐ王道を歩け」という言葉の影響だそうです。

 高市さんは、今回3度目の挑戦で自民党総裁の座を射止めることに成功しましたが、2度敗れても諦めなかったのも、松下の言葉の影響なのかもしれません。