【日本初の女性首相 鉄の女を目指す高市早苗#3】自民党の高市早苗総裁が憲政史上、初の女性首相となった。長年、高市氏を取材しているノンフィクション作家の大下英治氏が緊急寄稿。行動の原点となっている両親の言葉やハイヒールとイヤリングに込められた思いを明かした。(全3回中の3回)

 高市さんに大きな影響を与えたのが父親の大休さんと母親の和子さんです。

 トヨタ系列の機械メーカーに勤務する大休さんは、西日本全域を統括する大阪営業所長でした。行動力に長けた人で、取引先でトラブルがあると直ちに駆けつけていました。

 そんな営業マンの大休さんには、とある口癖がありました。

「まず相手を褒めろ」

 自分の意見を言う前に相手の言い分を理解して、良いところを尊重する。そのうえで自分の考えを伝える。こうした相手の心を傷つけない配慮がいかに大切なのか。いつも長女の高市さんに言い聞かせていました。

 奈良県警の警察官だった和子さんも、育児や祖母の看病をしつつ、重大事件発生時にはどんな時間でも現場へ向かう責任感の持ち主でした。仕事にも家事にも全力投球で、高市さんの弟の知嗣さんが生まれる前には、臨月のお腹で容疑者を追いかけるなど、署で伝説化するほどの人物でした。

 高市さんは、和子さんから「真っ赤なバラのようであれ」ともよく言われたようです。

 その真意は「男性と互角にやろうと肩肘を張らずに、常に女性らしい華やかさを失わないように。ただし、間違ったことには毅然と立ち向かうトゲも持ち続けなさい」という意味で、高市さんの指針となったようです。

21年前の高市早苗氏(1994年)
21年前の高市早苗氏(1994年)

 高市さんは、国会議員になってから間もない頃、選挙区でハイヒール姿で活動していた際に「派手すぎる」と批判されています。当時の女性候補者は、地味な服装での活動を求められることが多かったのです。しかし、高市さんは批判に屈せず、ハイヒールを履くことをやめませんでした。イヤリングもたびたび批判されたようですが、そちらも譲らない。和子さんから言われた女性らしさ、華やかさを失うことなく、彼女らしい女性の国会議員像をつくっていったわけです。

 高市さんは、以前の取材の際にわたしに、イギリス初の女性首相で“鉄の女”と言われたマーガレット・サッチャーへの強い憧れを語ってくれました。日本のサッチャーとして、強い日本をリードする総理を目指してほしいものです。(終わり)