【第71代横綱 鶴竜力三郎の軌跡 一生懸命・音羽山親方自伝(14)】2014年3月の春場所で念願の初優勝を達成しました。14日目に1敗で並んでいた横綱白鵬関を倒して単独首位に立つと、千秋楽では大関琴奨菊を寄り切り、賜杯を抱くことができた。この時の思いをひと言で表すなら「やっとか…」という感じ(笑い)。初優勝はうれしかったり、涙を流したりするイメージがあるけれど、自分の場合は少し違ったんですね。

 1月の初場所千秋楽は本割で白鵬関に勝ったのに決定戦で負けて賜杯に届かなかった。大関昇進を果たした2年前の春場所も決定戦で白鵬関に敗れて優勝は逃している。“三度目の正直”で賜杯をつかんだ瞬間は思わず「はあーっ」と、ため息が出て「ようやく、ここまでたどり着いた」という思いが浮かんできた。

 後から周りの人が喜んでくれている様子を見て「ああ、優勝できて良かったな」と実感が湧いてきました。初場所は14勝1敗で優勝同点、春場所は14勝1敗で初優勝。2場所の内容と成績が評価され、場所後の3月26日に横綱昇進を果たしました。伝達式の会場は大関の時と同じ大阪・法岩寺。この時、ハプニングがありました。

 使者の方たちが、会場を間違えて到着が予定より20分ほど遅れたんですね。でも、待っている間に口上を練習することができた(笑い)。使者を迎えて述べた口上は「これからより一層稽古に精進し、横綱の名を汚さぬよう一生懸命努力します」。大関昇進の時と同じで自分らしく、聞いた人が分かりやすいシンプルな言葉を選びました。

 伝達式を終えて正式に横綱となった時は本当に身が引き締まる思いでしたね。これより上の番付はなく、あとは結果が出なければ辞めるしかない立場。どれだけ長く続けられるのかも分からない。「より一層、頑張らないといけない」という気持ちになりました。横綱土俵入りは、時津風一門伝統の雲竜型。井筒部屋の横綱で3代続いた西ノ海関(※)も雲竜型だったそうです。

 その土俵入りを貴乃花親方に指導していただくと聞いた時には「まさか」と驚きました。入門前からテレビで見ていた横綱の大先輩。うれしい気持ちと同時に「しっかりやらないといけないな」と背筋が伸びる思いでした。27日の土俵入りの稽古には、歴代横綱の雲竜型の動画を何度も見てから臨んだことを覚えている。緊張しましたが、実際に綱を締めると改めて横綱になったという実感が湧きましたね。

 28日には、東京・明治神宮で当時の北の湖理事長から横綱推挙状と綱を手渡され、奉納土俵入りで初めて雲竜型を披露しました。この日は私の土俵人生の中でも、特別な一日となりました。

 ※横綱・初代西ノ海は引退後に井筒部屋を創設。2代目、3代目も同部屋から横綱となった。