2025年6月3日に亡くなった長嶋茂雄氏を偲び、同氏の第2次巨人監督時代を振り返った連載「ハダカの長嶋巨人」。常に話題の中心にいた「ミスター」を取り巻く人たちを含めた群像劇を、当時の東スポ巨人担当記者がつづります。

東京オリオンズで現役時代の鴇田さん(1965年、東京スタジアム)
東京オリオンズで現役時代の鴇田さん(1965年、東京スタジアム)

【ハダカの長嶋巨人#37・鴇田忠夫さんの巻】

 長嶋巨人を支えた人として、忘れてはならないのが球団トレーナーの鴇田(ときた)さん。通称「トキさん」だ。

 千葉商から東京オリオンズ(現ロッテ)に入団し、現役引退後はトレーナーに転身。その後に渡米するとドジャースの球団職員として、あのフランク・ジョーブ博士の信頼を得るほどにもなった。東洋医学をメジャーに導入した草分け的な存在で、当時のことを聞くと、相好を崩して「あいつは本当にいいヤツでねえ…」なんて、ラウル・モンデシーらとの思い出話を教えてくれたりもした。

 1992年から巨人へ。2005年に60歳で定年を迎えるまで、巨人ナインの体調をばっちり管理した。すし職人風の角刈りで風貌が似ていることから「ゴルゴ13」とも呼ばれていたが、触っただけで痛みの原因が分かる仕事人ぶりは、まさにプロのスナイパーも顔負けで、これまで例外は一つだけ。「木佐貫の肩の痛みだけは分からなくてねえ。結局は疲労骨折だったんだけど、あれだけは分からなかったよ」という。

新浦寿夫(左)を治療する鴇田トレーナー(1979年)
新浦寿夫(左)を治療する鴇田トレーナー(1979年)

 また、選手の潜在能力をクルマにたとえた「ワーゲンはどんなに頑張ってもポルシェには勝てっこない。でもマフラーを替えたりキャブを替えたり、足回りのメンテナンスをしっかりやれば、ワーゲンでも速く走ることができるんだ」とのトキさんの名言は、巨人ナインの間で語り継がれている。

 とにかく個性的な方で、70歳を過ぎても大型バイクを乗り回す一方、娘さんはモデルかと思うぐらいの超美人で、当時から若き巨人ナインたちの視線を集めていた。最近は「老眼がきつくなってきたけど、ゴルフもできるし、足腰はまったく問題ないね」と笑う。ジャイアンツ球場近くの自宅で開業しながら、地元の球児たちや、噂を聞きつけた患者さんの治療を行っているという。

 巨人では定年を迎えた球団職員はほぼ退職してしまうが、他球団ではアドバイザー的な役割を与えるなどして、貴重な人材を引き留め、チームの力として生かしている。「最近のジャイアンツはどうだい? 何かあったら、すぐにでも飛んでいくから」。メジャー帰りのスナイパーは、まだまだ元気いっぱいだ。